にじさんじ・朝日南アカネの卒業に寄せてーー不器用で、旅が好きで、どこまでもファンに真摯だった彼女の足跡を記す
2022年05月27日 12:05
にじさんじ・朝日南アカネの卒業に寄せてーー不器用で、旅が好きで、どこまでもファンに真摯だった彼女の足跡を記す

 現在のVTuberシーンにおけるトップランナーの一つであるにじさんじ。そのなかにおいてもタレントの活躍する分野は日々拡がっている。 【画像】かつて行われた、Nornis×亀田誠治の特別座談会で歌への想いを語ってくれた朝日南アカネ  メインとなる生配信に加え、事務所が主導する企画への参加や監修、主に一人ひとりのライバーが主導となって進む歌ってみたなどの動画のほか、ここ数年ほどはエンターテインメントのフィールドでアーティストとして日の目を見る者も増加してきた。  育成プロジェクト・バーチャル・タレント・アカデミー(VTA)から多くのメンバーもデビューしており、現在約150名のメンバーが所属・活動しているにじさんじ。その層の厚さで今後も大きな影響を与えるだろう。  そんなにじさんじを運営するANYCOLOR株式会社は2023年5月17日、朝日南アカネの卒業および所属していたボーカルユニット・Nornisからの脱退を発表した。  午後3時に突如として流れたこの一報は、にじさんじのファンに大きな動揺を与えた。発表のツイートは6万以上のリツイート、15万を超えるいいね、1200万回を超えるインプレッションをはじき出した。何より驚くべきは、リアルサウンドやVTuber~VR関係の専門メディアのみならず、ゲームメディアや芸能メディアまでもが次々に彼女の卒業を報じたことだ。あらためて彼女のネームバリューや将来性に加え、にじさんじという屋号がいかに強い存在感を放っているかを教えてくれるものだった。  もしかすれば、このような数字的な側面で彼女の卒業を語ってもしょうがないのかもしれない。朝日南アカネと同期にデビューした、西園チグサ、北小路ヒスイ、東堂コハク、周央サンゴら「世怜音女学院」の4人を筆頭に、TwitterやYouTube配信などでにじさんじの同僚らからかなりの言及があった。  同期以外のにじさんじの同僚たちはもちろん、同じくインターネットシーンで活躍する人たち……ホロライブなど他事務所に所属するタレントだけでなく、プロゲーマーやeスポーツアナウンサーなどにも、シーンを超えて大きなショックを与えた。各SNSでは、その後数日にわたって「朝日南アカネが卒業する」という話題で持ち切りであった。  ライバー活動と学業と生活との両立が難しくなったことにより、卒業を決めたという彼女。今回の記事では、その足跡を記そうと思う。 ・どこまでもファンに真摯な姿勢を貫いた朝日南アカネ  「VTuberはネットカルチャーの最先端」「そんなVTuberのトップを走る事務所」というイメージから、にじさんじに所属する多くのタレントがネットカルチャーに非常に強く、パソコンなど機材の知識も豊富である、という印象を持たれがちだ。  もちろん、そうした側面があるのは事実で、ネットカルチャーやパソコン知識も人並み程度に持ち合わせているタレントが多いわけだが、かといって全員が全員そうだというわけでもない。これは、にじさんじを少しでも追いかけているファンならばご存知だろう。些細なパソコンのトラブルに怯えたり、配信がままならなくなって同僚らに助け船を求めるという場面も時折見られるほどだ。  そんななかで朝日南アカネは、デビューした当初パソコンに限らず機械周りに非常に疎く、「デスクトップパソコン」が何かが分からず、「USB」や「スパム」といった言葉の意味ですら分からなかったというエピソードを持つ、ある種稀有なタイプのライバーであった。  昨今はギガスクール構想をはじめ教育現場のデジタル教育が推進されるなど、小・中学生のころからパソコンに触れる機会が増えている。そのため、なんとなくでもパソコンやインターネット、そこで使われる単語について理解している若年層が多いだろう。  しかし、おそらくパソコンに一切触れることなく人生を送ってきた彼女にとって、こういった単語や機械に触れることは初めての経験。同時期にデビューした西園チグサ、北小路ヒスイらが手厚くサポートしていたという。  くわえて、ツイッターの仕様をあまり理解していなかったり、『Minecraft』を購入する際にも同じソフトを重複して購入してしまったりと、SNSやネットショッピングすらも覚束ないといったエピソードもある。  デビューから2年経過したころにはだいぶパソコンの扱いも慣れてきていたのが分かるが、それでもちょっとしたトラブルが起きると「どうしよう!」とあたふたする姿は、最後まで変わらなかった。  少し話は変わるが、朝日南は2023年3月に自身の3Dお披露目ライブ『カナリア』、Nornis 1st LIVE『Transparent Blue』を終え、リフレッシュのために海外をグルリと回る旅行へとむかった。そこで体調を大きく崩してしまい帰国できない状況となってしまったり、石垣島への一人旅の模様を記録したVlog動画を投稿したりと、旅行にまつわるエピソードが多い「大の旅行好き」でもあった。  旅行を楽しみながら動画や写真を撮影し、配信やSNSを通じて報告する姿もたびたび見られ、ファッションにも詳しいことからZARAやdazzlinをつかったファッションコーデやメイクにまつわるショート動画を、YouTubeだけでなくTikTokにも積極的に投稿するなど、自身の「女の子」な一面をたびたび発信してきた。  こういった部分からも、朝日南アカネがインドアというよりはアウトドア派だったことがよくわかる。前述したような機械に疎い一面や、Z世代のユーザーが多いTikTokでの投稿にも注力するなど、彼女がかつてのオタク的な存在からはかなり離れた人物であったことは容易に想像できるだろう。  どのような存在・どのような世代の人間であってもインターネットに触れることの多い令和において、そこにあるカルチャーを自然に楽しもう!と手を伸ばしてくる。朝日南アカネは、内向的な人物が多いという過去のインターネット利用者像に引っ張られることなく、日本国民全員がネットカルチャーに触れる、令和的なインターネット像にマッチした存在だったようにも思える。  日々の雑談配信では、そういった普段の生活・経験から面白そうなエピソードを決めて話すタイプだった朝日南アカネ。  しかし、一方で自分が話そうと決めた話題から、大いにそれていき、好きなだけ話してようやく着地する。そんな不思議なハンドリングで進んでいく会話やテンポも特徴的だった。間を置いてリスナー側に考えの咀嚼を促したりするような、ラジオパーソナリティー向きな一面はなかったと思う。  いちどテンションがあがってしまうとその傾向は余計に強くなるタイプで、ふっと我に返って「あぁ~! これは! 話を元に戻さないと!」と自虐気味にツッコみ、ふたたび元の話題へ……といった調子で進むのが通例だった。  加えて、突拍子な発言、脊髄反射で飛び出るようなワードや、話している内容までは深く考えず、言葉だけが先行して出てくるようなシーンも多かった。  朝日南アカネは、文字に書き起こしたり、うまく言語化するにはすこし難しい発音・発話をすることが何度となくあり、その不可思議で感覚的な言葉遣いは少なくないファンを魅了し、笑わせ、時に戸惑わせることもあった。  テンポ良く配信を楽しみたいリスナーからすれば、「どこか不器用そうなひと」という印象を受けるかもしれない。  だが、その振る舞いがどれだけ不器用で、不格好であろうとも、彼女はその瞬間配信に集まったリスナー・ファンの声に応えようとする真摯な姿勢を優先し、リスナーと対話することに重きを置いていたと筆者は感じていた。  リスナーのコメント・返信・スーパーチャットをじっと読み込み、しっかりと答えようとする。どれだけその数が多くなっても、そのすべてに言葉を尽くして返そうと数時間に渡って会話し続けることもあったほどだ。  それから、彼女はファン一人ひとりのことをよく覚えているライバーでもあった。デビュー初期から応援しているファンの名前だけでなく、書かれたコメントの内容までしっかりと覚えており、「この方は〇〇の時に××だった方」「この方は1年前に▽▽っていう話しをしてた人」とかなり詳細に言及するほど。  久しぶりにコメントしたファンに気づけば声を上げて感謝を告げ、前回コメントした際の内容からその後の近況を聞くなど、むしろリスナーに質問すらする。とある配信で「リスナーのコメントや声はなるべく読もうとしてきた」と口にしていたのが、筆者の記憶に残っている。どれだけ不器用で、四苦八苦しながらの配信であっても、真摯に、誠実にリスナーやファンに向き合ってきたのだ。  それはデビュー初期から続き、4万人以上が集まった最後の歌配信でも同じように振る舞った。歌っているときと同じくらいの熱量、むしろ歌っている時間よりも多い時間をかけて、ファンから寄せられた言葉の一つひとつに返答しようとした彼女の姿をみたファンは多いだろう。  さすがにすべてのスーパーチャットのコメントを最後まで配信中に読み上げることはできなかったが、そんな朝日南アカネのことだ、配信が終わった後にじっくりと読んだのではないだろうか。 ・ショート動画や先輩ライバーとのコラボが話題に Nornisメンバーとしても活躍  3D酔いしやすい体質も災いし、2021年以降はゲーム実況をほとんど行っておらず、ゲーム配信をする際には自分のペースでもできるゆったりとしたゲームを選んでいた。  それゆえに、彼女の活動はゲームを使った生配信ではなく、それ以外の歌動画・ショート動画などがメインコンテンツとなっていった。  そもそも朝日南アカネはデビュー当初から、「ホラゲでビビった朝日南アカネは何メートル飛ぶことができるか?」「二人羽織で同期・北小路ヒスイとゲ一ムをしたら上手くプレイできるか?」といった、想像の斜め上をいく企画を口にしたり、突如としてお面を工作したりするようなタイプだった。  そんな意外性・とびぬけたアイデアをもった彼女に目を付けたのは、同じ事務所の先輩であるグウェル・オス・ガールだ。2021年7月21日に初めての共演動画を投稿して以降、さまざまな動画で共演。動画は主にグウェルのチャンネルで投稿されており、意外なほどにバラエティ向きなキャラクターを見せていた。  また、朝日南アカネはYouTubeだけでなくTikTokにも多くの動画を投稿しており、TikTok限定の動画も多数あった。進撃の巨人を使った小ネタ動画、「おバズり申し上げます」がフックとなった虎韻「2022」を使った動画など、TikTokを通じて薄々と滲み出る奇抜な一面を感じ取ることができた。  そんなユーモア溢れるノリ・TikTokの文化に感化されてか、2022年1月18日に投稿された「『神っぽいな』ハモリに合わせて一緒に歌って?」を皮切りに、彼女のチャンネルでは歌のshort動画が多数投稿されることになる。  それも、スタンダードな「歌ってみた」ではなく「一緒に歌おう」動画ともいえる内容で、朝日南が複数人出てきてハモりながら歌うもの、自身はハモリパート(副旋律)を歌って見ている視聴者に主旋律(メインメロディ)を歌わせようとするもの、1人でいくつものキーを歌うものなど様々。  すこし挑戦的な企画内容が受け、100万以上の再生回数を誇るバズを起こすこともあり、そうしたコンテンツが彼女のボーカルセンスをより広める一助になったのは言うまでもない。 「歌を去年(2019年)突然始めたことで、今は好きですけど、元々は歌うことは苦手であった。」 「いろいろあって歌を始めたんですけど、歌い方講座などをやりながら、自分の成長を見せていければと思います!」  この発言は、朝日南アカネの初配信でのことだ。  その後、彼女はshort動画で歌を歌おうと促すような動画を制作していくことになるが、これは彼女が初配信時に立てていた目標を形にしたものだと気付くはずだ。  さて、このときの朝日南の言葉を全うに受け取ってみると、彼女が歌に力を入れ始めてからまだ3年と少ししか経っていなかったことになる。  クリーンな声をまっすぐに歌い上げていく朝日南アカネのボーカルスタイルは、混じり気のない純真無垢なヒロインを思わせ、さまざまなタイプな楽曲を歌っていく表現力もあった。クリーンで純真さあるイメージから、さまざまに変化する歌声とのあいだに大きなブレを感じて彼女にハマってしまった、そんなファンは多かったはずだ。  Nornisでは戌亥とこ、町田ちまと共に活動し、よりその魅力を発揮していた。細く柔らかな声質の町田ちま、スモーキーで低めのトーンが強い戌亥とこ、その2人のあいだを繋ぐような歌声は、先輩2人にも負けない強い個性を持っていた。  そんな朝日南アカネのボーカルを存分に楽しむのには、オリジナル楽曲がふさわしいだろう。2021年12月15日、自身の誕生日にリリースした「カナリア」と、Nornisそれぞれのソロ楽曲としてリリースされた「Unchained」の2曲だ。  一音に一語ずつしっかりと唄い、濁りの少ないクリーンな歌声で憂いを表現するボーカル。「何者」かを捉え切れていない焦りや悲しみ、不器用に生きている自分の拙さを抱えながら、それでも生きていくのだと強かに声をあげる。  澄んだ美しい声でさえずることで知られるカナリアを自身にかさね、どんな時でも音楽や歌を歌うことを忘れないというメッセージを彼女はここで記したのだ。  自身の3Dお披露目ライブを「カナリア」と冠したことからも、そのイメージを一貫していたのが分かる。  ソロ2曲目となった「Unchained」は、彼女にとってのチャレンジな1曲。  SixTONES、King & Prince、NiziU、TWICEといったアイドル~ボーイズ/ガールズバンドの楽曲で作詞・作曲を務めるMayu Wakisakaが、この楽曲のメインコンポーザーとして楽曲を制作した。  このことからも分かるように、「ボーカルユニット」として歌声に対するイメージが強いNornisのソロでありつつ、ダンスポップな1曲となった。J-POPにボカロP、ロックバンドも好きな彼女にとって、K-POPへの愛情もひと際に強く、そちらを意識したソロ曲となったのだ。  先にも話したように、国内・海外旅行を楽しむことの多かった彼女にとって、こういったグローバルなポップ・ミュージックを歌えることは一つの喜びだったはずだ。  Nornisがデビューした際、筆者はRealSoundにて3人にインタビューし、朝日南アカネからも彼女と歌の関係性について話を聞く機会があった。  このインタビューから「メンタルコーチ・戌亥とこ」が始まり、「知性担当・町田ちま」「愛嬌担当・朝日南アカネ」が生まれ、ついにはライブグッズ化にまで至ったのは非常に思い出深い。  こういった経緯もあり、筆者としても彼女の卒業は非常に寂しい気持ちになったのが正直なところだ。  彼女の配信や言葉からそういった節を感じることが一切無かったこと、Nornisとしてのライブを完遂して「さぁ、これから」といったタイミングであったこと、さまざまな状況からみても「そんなまさか」というようなニュースで、深く強い衝撃をうけた。  彼女はロックバンドが好きであり、歌配信やお披露目配信でも「邦楽ロック」にフォーカスを置いた選曲をしていたことも、ロック好きな筆者がシンパシーを感じた一因なのだが、2020年のコロナ禍直前に開催された『BLARE FESTIVAL』におけるcoldrain・MASATOのMCは、朝日南アカネを愛してきた人の心にいま刺さるかもしれない。  いまは朝日南アカネが残した足跡を思い出しながら、彼女のようにまた自身も強く一歩を踏みしめて生きていく。そんな風に日々を過ごしてみようと思う。

リアルサウンド

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