“ずっと続く”アニメを作るには「運命に抗う」覚悟が必要。『邪神ちゃん』が目指すビジネスと公共【宣伝Pインタビュー・後編】
2021年12月29日 11:12
“ずっと続く”アニメを作るには「運命に抗う」覚悟が必要。『邪神ちゃん』が目指すビジネスと公共【宣伝Pインタビュー・後編】

クラウドファンディングや「ふるさと納税」を活かして地方の魅力をPRするアニメーションをつくるなど、革新的な制作スキームを生み出してきたアニメ『 【全画像をみる】“ずっと続く”アニメを作るには「運命に抗う」覚悟が必要。『邪神ちゃん』が目指すビジネスと公共【宣伝Pインタビュー・後編】 邪神ちゃんドロップキック 』シリーズ(以下、『邪神ちゃん』)。その宣伝戦略を一手に担うのが栁瀬一樹さん。「一生邪神ちゃんをやっていく」と、この作品をこよなく愛する宣伝プロデューサーです。 ただ、今夏放送のアニメ3期では意図しない形で作品が注目されました。コラボした富良野市の議会で一部の市議が「市のイメージを落としかねない」と主張。波紋が広がりました。 栁瀬さんは「公共圏でのあり方は今後の課題として残った」と受け止めつつ、「キャラクターがアニメの中で観光することで街の名所や名産を再発見できる」「少子高齢化に悩む地方自治体が街の魅力をPRする助けになれる」と、『邪神ちゃん』が地方創生に貢献できる可能性を語ります。 現在は仕事の傍ら大学院に通い「行政広報とポップカルチャー」をテーマに社会学を学んでいるという栁瀬さんに、これからの『邪神ちゃん』が目指す未来を聞きました。 ──2019年には北海道千歳市とタッグを組み、名所や名産品をPRするアニメの制作資金を「ふるさと納税」で募りました。2000万円の目標額に対し、1億8438万円が集まりました。 ふるさと納税でアニメの制作費を募る試みは日本で初めてで、NHKさんにも取り上げられました。それに、千歳市さんは邪神ちゃん役の鈴木愛奈さんの故郷でもあります。 間に製作委員会メンバーである北海道文化放送さんが入ってくれて、千歳市さん側とお会いした際に「何か一緒にやりませんか」とお話があり、「ふるさと納税でアニメを作ったらいいと思うんですよ」「いいですね。やりましょう!」と。40日後ぐらいにはイベントで発表しました。ものすごいスピード感でしたね。 ──自治体側はアニメを通じて全国に街の魅力を発信でき、ふるさと納税をしてもらうきっかけにもなる。アニメ制作側は制作費を調達できる。この「千歳邪神ちゃんモデル」は、コンテンツビジネスと地域振興を結ぶ新しいモデルと言えそうです。 前編で述べましたが、邪神ちゃんのような弱者はパッケージが売れず、海外のプラットフォームにも高い値段で買ってもらえない以上、従来のアニメのビジネスモデルにとらわれていたら生き残れません。 そこで考えた手法の一つが、邪神ちゃんたちがタレントとしてあなたの地元に遊びに行くスタイルのアニメ製作です。決まったストーリーを持つ作品ではキャラクターが地方に遊びに行くなんて気軽にできませんが、『邪神ちゃん』は1話完結型のオムニバス形式の作品です。やり方次第では無限に作れるかもしれない。 それが今回のアニメ3期にも活かされ、北海道の帯広市・釧路市・富良野市、長崎県の南島原市とのコラボにつながりました。 ──社会学を勉強したいと思ったきっかけは。やはり『邪神ちゃん』と関係があるのでしょうか。 ニッポン放送の吉田尚記さんに教わった一冊の本でした。見田宗介先生の『現代社会はどこに向かうか──高原の見晴らしを切り開くこと』(岩波新書)という本です。 私自身は社会人になってからずっと会社勤めをしていましたので「ビジネスは、会社のためにお金を稼ぐことが大事」という、ある種の新自由主義的な考え方で生きてきました。 ですが、見田先生の本を読んで「無限にお金を稼ぎ続ける、無限に成長をし続けることは本当に正しいのだろうか?もっと大切な価値観もあるんじゃないだろうか」と考えるようになりました。 いまの研究テーマは一言で言うと「行政広報とポップカルチャー」です。 地方自治体では、どこも少子高齢化が課題になっています。商店街にはシャッターが連なり、ロードサイドには巨大なユニクロや西松屋やレストランが並び、いわゆる「ファスト風土」的な殺風景な世界が今の日本中に広がりつつある状態です。 自分たちの街の魅力がどんどんなくなって、均質化してしまっている。いろんな自治体の方からそういうお話を聞きます。 ──多くの地方自治体に共通する危機だと思います。 以前、青森の弘前に行ったときのことでした。「弘前をもっと良くしたいんだけど、弘前には何もなくて!」とおっしゃる地元の方に「えっ!弘前と言えばりんご最強じゃないですか!」と伝えたら「リンゴなんて、どこにでもあるじゃないですか」と言われました。 この時痛感しました。あまりにも慣れ親しんだものはその人にとって「異化」されないのだということを。 前に述べた通り、宣伝はいかにして差を生むかが大事ですから、自分の強みが異化されていない状態は、自分の強みを認識できていないことと同じなので効果的な宣伝が期待できません。ですから観光者の視座はとても大事だと感じたきっかけでした。 日本全体がそんな状態になっていく中、邪神ちゃんが地方の街に遊びに行く。すると、邪神ちゃんという「観光者の視座」で、その街の魅力を再発見できるんですね。 ふるさと納税でつくる『邪神ちゃん』では、まず制作チームでロケハンに行き、その街の魅力を吸収するところから始まります。 「ここが良かったな」と思うところを観光者の視座で描く。そうすると邪神ちゃんたちが遊びに行って楽しんだ感覚に近くなる。これがちゃんと形にできたら、少子高齢化に悩む地方自治体が全国に向けて街の魅力をPRする一助になれるかもしれない。 うまくいったらもっと規模を大きくして、今では全くうまくいってない「クールジャパン」というものを変えられる可能性があるんじゃないか。そう思って社会学を勉強しようと思ったんですね。 本当に『邪神ちゃん』で人生が変わった感じがします。 ──『邪神ちゃん』の舞台である神保町の老舗の方は「『邪神ちゃん』のおかげで今まで来なかった人、特に若いお客さんが来てくれて嬉しい」と話していました。すでに「公共」に資する例も出ていますね。 作品には、人を動かす力があります。 直近だと11月末の北九州ポップカルチャーフェスティバル(KPF)で、劇中に登場する「神保町献血センター」を模したリアルの献血会場を設けました。すると、80リットル(400mlの献血200人分)もの献血が集まりました。 原作のユキヲ先生も公言されていますが、私たちには「人々の役に立つために『邪神ちゃん』をやっていこう」という側面があります。 そこは邪神ちゃん自体のキャラクターの魅力ともつながっています。普段はクズですけど、根はいいやつ。だから好きなんですね。そんな邪神ちゃんが世の中の役に立っている。そこがとてもいい。 ゆりねを殺さなければ魔界には戻れないけど、本気で殺すまではいかない。殺そうとするけれど、実際にはそうならない。 ──天敵であるはずの天使たちともつるむし、天使たちもブラックな面がありつつ、なんだかんだで優しい。 そうなんです。だから、作品自体もそういう存在になっていきたい。時に表現が過激になるときもありますが、実際どこかでみんなの役に立っているような……。 ファンの方から「『邪神ちゃん』のおかげで不登校から立ち直れた」とかコメントを頂いたことがあって、すごく嬉しかったですね。 献血イベントでも赤十字さんから「これで患者さんを助けることができます」と言ってもらえました。今後は都内でも同様の取り組みを行っていこうと思いますので、ぜひお越しいただきたいです。

BUSINESS INSIDER JAPAN

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