
GREEがVTuberマネジメント事業を会社化した理由 代表に聞く“シーンに感じた可能性”
グリー株式会社は2023年3月、メタバース事業の強化を目的とし、VTuber事業を展開するREALITY Studios株式会社、法人向け事業を展開するREALITY XR cloud株式会社を設立した。そのなかでも注目なのは、事務所機能を持つREALITY Studios株式会社だろう。 【画像】3月18日にデビューした「FIRST STAGE PRODUCTION」7名のタレントたち グリー株式会社はもともと、KMNZやVESPERBELLといったアーティストのマネジメントを行ってきたが、ここにきてさらにグループ会社化・事務所機能の強化を行ってきたのは少し意外でもあった。早速「FIRST STAGE PRODUCTION」を設立し、3月10日に所属タレント7名がデビューするなど、そのスピード感にも力の入れ具合を感じる。 そこで今回は、REALITY Studios株式会社の代表を務める杉山綱祐氏にインタビュー。REALITY Studios設立の背景やマネジメント機能を強化する理由、将来のバーチャルタレントシーンに思うことなどについて、話を聞いた。 〈プロフィール〉 杉山綱祐:グリー株式会社 執行役員/REALITY Studios株式会社 代表取締役社長 2012年グリー株式会社新卒入社。2019年にグリー執行役員に就任。経営企画部部長として経営戦略の策定を主導。2023年にREALITY Studios株式会社を立ち上げ、代表取締役を務める。 ・「改めて自分たちの強みを見つめ直した」 REALITY Studios設立の経緯 ――まず、杉山さんご自身がこれまでグリーやREALITYでどのような仕事をしてきたのか教えてください。 杉山:2012年に新卒でグリーに入社をしておりまして、はじめはグローバルでのプラットフォーム事業周りのデータ分析関連の仕事に配属になりました。それからゲーム開発のビジネスに注力していく流れの中で、2016年からはコーポレートの経営企画部に異動しました。そこでグリーグループ全体の戦略立案や、それを推進する役割を、グリーの経営企画部長、執行役員として2022年の12月末まで担っていました。 現在は、グリーグループ全体でVTuber事業を強化していく流れになっており、私も経営企画部を離れて「REALITY Studios」の代表に専念する形をとっています。 ――2016年からの7年間、グループ全体を動かす立場として様々なことを行われてきたと思いますが、杉山さんが手がけてきた、あるいはお手伝いされてきた新規事業はどのようなものなのでしょうか。 杉山:その当時ですと、グリーから『アナザーエデン』や『SINoALICE』といったスマートフォンのアプリゲームが出てきたフェーズですね。その少し前に私が異動したんですが、ゲーム事業とは別にいわゆる三本柱みたいなものを立ち上げようと動いていました。 具体的には、広告・メディア事業(現:コマース・DX事業)の立ち上げ、それからメタバース事業の前身となるもので、当時は「ライブエンターテインメント領域」と呼んでおりましたが、それら2つの立ち上げを社長の田中と推進してきました。特に自分がハンズオンしたものという意味ですと、広告・メディア事業の領域になりますね。 ――なるほど。グリーがVTuber事業をスケールしていく動きは、いまのお話も背景にもあるのかなと思いますが、今回「REALITY Studios」という形で、実際に杉山さんがトップに立ってVTuber事業を進めることになった具体的な経緯などをお伺いできればと思います。 杉山:「VTuber事業を今後より強化していこう」という流れになったきっかけのひとつは、ANYCOLORさんの上場でした。ANYCOLORさんは創業して5年目の会社ですが、それであれだけの素晴らしい経営成績を残されているということが、議論の呼び水になりました。 その後、実際に事業を強化していくにあたって、まずは改めて自分たちの強みを見つめ直したんです。すると、我々は「KMNZ」や「VESPERBELL」など、いくつか既に活動をスタートしているチームがあったり、3Dのモーションキャプチャースタジオも持っていたり、技術的資産も含めて比較的材料は揃っているということを再認識しました。それまでメタバース事業の注力領域はコミュニケーションアプリの「REALITY」を中心としたものだったのですが、マーケット環境の動きや競合他者の分析、それから自分たちの強みなどを総合的に考慮したうえで、「もっと大きくメタバースやVTuberの世界に飛び込んだ方が、うまくいくのではないか」という考えに至ったという形です。 ――「REALITY」というプラットフォームを持っているのは他社との大きな違いですね。そうした既存のプラットフォーム資産を活用することについてはどのような方針なんでしょうか? 杉山:事業を「メタバース領域」とくくっている以上、今後横のシナジーを取っていくことは前提にあるんですが、まずは単独の会社としての成長を重視すべきだと思っています。最初から横のシナジーに甘んじてしまうと、まさに「REALITYのいち事業」に収まってしまうので。 一方で、もっと大きくVTuber事業が拡大して自立採算ができるようになった際は、アプリ「REALITY」や法人向けのREALITY XR cloudとのシナジーもあると思っています。たとえばファンが積み重なったタレントを起用して、プラットフォームアプリ上で番組を作って配信をしたり、そういったことをすれば別の接点からユーザーを呼び込めるな、など、パッと考えただけでもさまざまなことが思い浮かびますよね。そうしたグループ全体のシナジーを活用したプロジェクトも、将来的にはやっていこうと考えています。 ――プレスリリースでは「複数のVTuber事務所を設立」とありました。既存の「RK Music」や「KMNZ」、「VESPERBELL」もそれぞれ独立した部門として動くと認識しているのですが、ひとつのレーベルや事務所にまとめずに、あえて複数ブランドを展開する背景についてもお聞かせください。 杉山:これはグリーグループならではの強みを生かした戦略だと思っております。我々はいちベンチャー企業でありながら、親会社はグリーという上場企業ですし、ゲームなどエンターテインメント部門の人材も多くいるので、人材の豊富さや資本力を強みに戦っていけます。 一方で、VTuber業界において後発のポジショニングだという認識もあります。そうした認識を踏まえた戦い方としては、それぞれのタレントを並列に展開することで、それぞれ別のファン層を獲得していくことだと考えたわけです。 VTuberとひと口に言ってもファン層もそれぞれ違いますし、マーケット自体も伸びていますからね。カラーを変えればいろいろな層を引き込めると思っています。そういった思い切った動きをできるのは、まさにグリーグループの資本力が背景にあるからでもあります。逆に、こうした大きい規模を狙いに行くときにはそのくらいのことをやらないとグリーグループでやっている意味がないのかなと。この2つの観点で並列させるべきかなと考えています。 もちろん失敗だったりうまくいかないことも出てくると思いますが、横で学習し合いながら大規模並列させることで、いろんな知見やノウハウも溜まっていくと思います。 ――タイムリーなお話でもあるんですが、最近774inc.は同じように複数横展開していたグループを統合しました。大きな箱の中にすべて統合する形態でいえば、にじさんじやホロライブもそうですね。一方で、Brave Groupのように複数の事務所をグループ会社的に持つような企業もあります。いまのVTuber企業の間では、主流となる戦略がその2つに分かれているのかなと思います。杉山さんにお話していただいた戦略を踏まえた上であえてお聞きしたいのですが、事業の展開によっては最終的にひとつの大きな事務所になる可能性も想定されていらっしゃるんでしょうか? 杉山:おっしゃる通りです。私は始め方としては現在の形がいいと思っているのですが、やはり事業をやっていくなかで、「もっとこのタレントを軸に再編した方がうまくいくんじゃないか」「統合した方がみんな幸せなんじゃないか」というときもあると思います。そうしたらまさに先日の774inc.さんのように統合するという判断もあるのかなと思っています。 ・旗揚げとして立ち上がった「FIRST STAGE PRODUCTION」 既存タレントとのシナジー形成にも期待 ――そんななかで旗揚げとして立ち上げられた「FIRST STAGE PRODUCTION」ですが、7名のタレントはビジュアル含め、すでに打ち出されていますよね。この7名を初めのタレントとして選ぶにあたって、どういった方針で選ばれたのでしょうか? 杉山:この7名を選んだ際に大切にした軸は、タレントそれぞれに違った色を当てて、幅広いユーザーさんに好きになっていただこうということでした。具体的には、男性も女性も選出しよう、ゲームが得意な子は入れておこうなど、ここら辺は「絶対外せないよね」という部分をそれぞればらけさせて選びました。 ――事務所としても今後複数展開していく中で、新たな展開を迎える際は別で事務所を立ち上げるのか、もしくは追加メンバーを同じ事務所に入れていくのか、どういった形を想定されていますか? 杉山:その両方です。FIRST STAGE PRODUCTIONの1期生に続く形で2期生のタレントオーディションを開催することをを3月31日に早速発表させていただきました。 ぜひ、多くの方にご応募いただけると嬉しいです。今後も、3期生、4期生と継続的なメンバー追加を視野に入れて動いています。かつ、FIRST STAGE PRODUCTIONを含む既存のものと異なる事務所も、近いうちにお披露目にすると思います。 ーーまさに大規模な並列展開というわけですね。 杉山:そして、こうした展開をしていくうえでタレントのみなさんが心配することは、規模が大きくなればなるほど「自分たちに割かれるカロリーやアテンションが減っていくのではないか?」というところなんです。ただ、タレントに向き合っていけるマネージャーは今後もどんどん追加していくという構造になるので、そこには安心感を持っていただきたいですね。事業規模でみても、我々全体として投資を積極的にしていくフェーズですし、すぐにやめるつもりはありません。VTuber業界を振り返ると、ちょっと手を出してすぐ辞める、みたいなことも事例として多いじゃないですか。これは全くそういった構造ではないので、安心していただければと思います。 ――同時にデビューするタレントさんたちが多ければ多いほど、良くも悪くも特定の子にファンが偏らず、事務所を引っ張っていくようなタレントが生まれないということも想定できるかと思います。そこがうまくいかず引いていくケースもある中で、どちらかというと長期的な展開を見据えてらっしゃるということですよね。 杉山:おっしゃる通りです。それから、展開についてはカラーの出し方をそれぞれの事務所に任せていきますし、同時に裁量も与えるので意思決定ラインもそれぞれ異なる形になります。たとえばFIRST STAGE PRODUCTIONの運営長が新事務所立ち上げの意思決定に関わってしまうと、絶対にカラーや手法が似てきてしまう。しかし、前提として意思決定ラインが全部分かれるので、各事務所によって色の出し方はだいぶ違ってくると思います。なのでファンの被り合いみたいなことは今のところあまり起こらない想定ではありますね。 ――採用サイトに「VTuber事業『REALITY Studios』の海外VTuber事務所運営責任者」の募集も載せていらっしゃいますよね。そういった考え方の一つとして、海外向けの専門レーベルも置くという認識なんでしょうか? 杉山:そうですね。複数の事務所の並列展開と並行して、国内と海外を同時に立ち上げていくということも考えています。基本的にグローバルは各事務所ごとに行っていくというコンセプトですね。 ――同じ事務所内に、国内部門と海外部門が存在すると。 杉山:おっしゃる通りです。海外部門を立ち上げる時期は地域によって異なってくると思いますが、国内にとどまらず、海外展開は前提として考えています。日本のVTuberを受け入れていく土壌はグローバルにも既にありますし、間違いなく拡大していく方向にはあるので。もちろん日本は大事な市場ではあるんですが、日本の人口1億人に対して、世界は70億、80億という世界になってくるので、そこに目を向けない理由はないかなと思っています。 ――あとは元々いらっしゃったKMNZ、VESPERBELLといったタレントさんたちには、今回のグループ会社化を機にどんな影響がありそうでしょうか。 杉山:KMNZ、VESPERBELLに関しては、根本的な運営方針を積極的に変えるということではなく、今おこなっている取り組みを実直にやり続けて、ファンの皆さんを喜ばせていくことをしっかりとやっていこうと考えております。 そのうえで、グループ内でのコラボレーション、特にKMNZ、VESPERBELLは歌が中心になっているので音楽ライブを一緒に開催することも考えられますし、FIRST STAGE PRODUCTIONでも歌がうまいタレントが出てくると思います。そういったものをイベントで繋げていくというのは考えられますね。 ――ある意味では、それがグループ化することでのメリットかもしれないですね。 杉山:おっしゃる通りですね。なのでKMNZ、VESPERBELLからすると、今向き合っているタレントマネージャー含め、大きく変えずに引き続きやりたいと思っていることを継続してやりつつ、横で動いていることで変化が起きたときに乗っかれる機会は絶対出てくるので。そういったプラスの変化は今後あり得るのかなと思いますね。 ――最後に、ここまでお話いただいたこと以外で、REALITY Studiosとしてできること、やれることややりたいことがありましたらお聞かせいただけると幸いです。 杉山:先程グローバルのお話も出ましたが、我々が最終的に目指すところとしては、いろんな国、地域で我々のタレントが配信し、そこに喜んでくれているファンの方がいるという状態を実現することです。英語話者にとどまらず、国や地域を問わず、そこの方々がスマートフォンと配信プラットフォームアプリを開けばVTuberが見られる、という状態になれば理想ですね。そうやって楽しさやエンターテインメントを届けるのが我々のミッションだと考えています。
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