
「にじさんじ」ANYCOLORが市場変更へ なぜ、多くの企業はプライム市場を目指すのか
ANYCOLORは、バーチャルYouTuber(VTuber)のマネジメントやコンテンツ制作を手掛ける企業で、一般には「にじさんじ」の運営会社として知られる。コロナ禍における「おうち時間」需要の追い風もあり、創業から5年ほどでTBSホールディングスや日本テレビといった在京キー局を超える時価総額に達したこともあるほど急成長を遂げている。 【画像】絶好調? 成長を続けるANYCOLORの決算を見る 同社は国外でもタレントマネジメント事業を横展開しており、インドネシアのようなVTuber文化が根付きつつある国や、エンタメ領域の先鋭化が進んでいる米国をはじめとした各国でのグローバル展開によって、世界中のファンから支持を受けるようになった。 そんなANYCOLORが、3月15日に東証グロース市場からプライム市場へ市場区分の変更申請を行った。 同社が発表した2023年4月期の第3四半期決算によると、累計ベースで売上高は前年同期比91%増となる194億円だった。営業利益は同134%増の75億円、営業利益率も40%増近くに迫る勢いとなっている。 VTuberといえばいまだに“イロモノ”の印象が強いかもしれないが、同社は東証プライム市場の条件である「直近2年間の利益合計が25億円以上」や、「売上高100億円以上かつ時価総額1000億円以上」といったハードルをやすやすと超えている。そう考えると、VTuberというビジネスは多くの機関投資家から投資対象としてふさわしい収益基盤・財政状態を有するモデルとして認識されている、といっても過言ではないだろう。 とはいえ今回申請したような市場区分を変更する際には、関連手続きや書類作成、内部統制対応に必要な人員を新規に調達するためのコストが必要だ。それだけでなく、東証に支払う年間上場料も値上がりするため、23年だけで推定5000万円程度の追加出費が生まれる可能性がある。 そこまでのコストをかけて、プライム市場に変更するメリットにはどのようなものがあるのだろうか。 グローバル展開とプライム市場との親和性 市場区分を変更する最大のメリットは、海外投資家を含めた認知度の向上と企業ブランディングの強化だ。ここまで聞くと、たかが看板のためにお金を支払うメリットはないのでは? と感じた人もいるだろう。 しかし、22年6月にプライム市場へ変更したメルカリも、理由として社会的信用の獲得や国内外の知名度・取引先拡大を挙げている。グローバル展開を見越し、大きな市場を狙う企業にとって、プライム上場は登竜門のような存在だ。 日本企業ならではの認知度向上によるメリットとしては「海外投資家の資金流入」が挙げられる。実は、東証の「投資部門別売買動向」データから日本の株式市場における日々の売買代金を金額ベースで確認すると、約70%が海外投資家による取引であることが分かる。 つまり、日本市場において株式の流動性を担保しているのは海外投資家なのだ。海外投資家に自社を知ってもらい、売買の対象銘柄と見なしてもらうためには、市場区分の最上位であるプライム上場への変更は特に有効といえる。 安定的な需給環境の構築にもつながる その他、プライム上場のメリットとしてよく挙がるのは「TOPIX指数」への組み入れだ。TOPIX指数は、日経平均株価などと異なり、東証プライム市場に上場すれば自動的に組み入れられる日本を代表する株価指数である。TOPIX指数に組み入れられることは、グロース市場における投機的な売買フローよりも、NISA口座やiDeCo、年金運用機関といった中長期的かつ安定した買い圧力によって、株価の変動が緩やかに上昇しやすい需給環境を構築することにつながる。 一般に、株価が数日で何倍にもなるような会社は、見た目の時価総額は大きくても企業価値が割引評価される傾向がある。一方、多様な投資家の売買フローによって大量の株式を売買しても値動きが穏やかな銘柄は、資金の大きい投資家にとって投資戦略が立てやすいことから資金が流入しやすく、株価の安定化が期待できるのだ。 資金調達面でもメリットあり プライム市場への変更を行い、紹介したようなメリットを享受できれば、資金調達も容易になる。グロース市場で大量の株式を発行し、第三者割当増資を行うと、需給の悪化や1株当たりの株価指標悪化を招くだけでなく、低い流動性から株式の下落がオーバーシュートするリスクがある。 しかし、プライム市場に変更すれば、多様な海外投資家を含めて調達先を選定でき、需給状況の悪化懸念も分厚い流動性でサポートされる。増資を行っても株価がそれほど下がらなければ、次回の増資も高い企業価値で実施できるため、企業にとっては市場へ新たに放出する株数を抑えることができ、資金調達コストの低下につながるというわけだ。 もちろん、プライム市場への区分変更は、冒頭で触れたコスト面だけでなく、多様な投資家に知られるというデメリットもある。多くの投資家に知ってもらうことはメリットにも感じるが、特にモノ言う株主に知られたりSNS上での口コミで過度に期待が高まったりすることで、企業は短期的な業績や株価への対応に追われることがあり、長期的な視点ではなく四半期単位での成果に固執してしまうようなリスクもある。 ただ、ANYCOLORが今後成長を続けていく、そしてVTuberビジネスがこれまで以上に広がっていく上で、プライム市場への変更は大きなポイントとなるだろう。わが国における新興企業の王道ストーリーとして、旧マザーズ市場に上場した銘柄が市場区分を行い、名の知られた企業になっていったケースは枚挙にいとまがない。例えば、ヤフー(現:Zホールディングス)やサイバーエージェントなどが思い浮かぶ。 2社はいずれも、ITバブルが崩壊した後に旧東証一部へ上場区分を変更している。ヤフーは03年、サイバーエージェントは04年に市場区分を変更したが、今日の事業展開に少なからず影響を与えているはずだ。 まとめると、今後ANYCOLORがグロース市場からプライム市場へ区分変更を行えば、企業の認知度がさらに向上し、投資家からの関心が高まることが予想される。また、プライム市場特有の資金調達の容易さや、信用力の向上は、事業拡大や新規事業への投資に生かされる可能性があるだろう。 ただし、市場区分変更が成功するかどうかは、今後の経営戦略や市場環境、競合状況など多くの要素に左右される。VTuber業界は急速に成長し、ホロライブプロダクションを運営するカバーの上場や、大手企業の参入など競争環境が激化している。その中で頭一つ抜けられるかどうか、今後に注目したい。 (古田拓也 カンバンクラウドCEO)
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