
aespaに異世界アイドル……王道の浸透により邪道が存在を示すバーチャルアイドル×K-POPの変遷と可能性
近年話題を集めるメタバース。メタバースとは、ニール・スティーヴンスンが1992年に発表したSF小説『スノウ・クラッシュ』に出てきた「メタ(超)」と「ユニバース(宇宙)」を合わせた造語で、インターネット上に構成された3次元の仮想空間の事を指す。メタバースでは、アバターと呼ばれる自分の分身で仮想空間の中に入り込み他者とコミュニケーションやイベントを体験できることから、特に直接的なコンタクトが困難になったコロナ禍をきっかけに、加速度的に注目を受けている。 【動画】aespaのデビュー曲「Black Mamba」 世界的にファンダムを拡大してきたK-POPの世界でも、メタバースを利用したアイドルの活動や、あるいは最初からメタバースでの活動をベースとしたアイドルの制作が試みられている。 <バーチャルアイドルの認知度を引き上げたaespa> 『ZEPETO』はNAVER Zが運営する拡張現実(AR)アバターサービスであり、韓国の代表的なメタバースプラットフォームだ。2018年の発表から2年で累積加入者数が3億4000万人を突破したが、ユーザーの9割が海外ユーザーとされている。韓国の大手芸能事務所やGUCCI、ナイキ、FILAなどのファッションブランドとコラボしてアバターに使用できるファッションアイテムなどをリリースしている。BLACKPINKは2020年9月に『ZEPETO』へ3Dアバターとして出演し、ファンサイン会を開いた。 半月の間開催されたイベントには4600万人ものアバターが訪れた。また、BTSはオンラインメタバースゲームである『Fortnite』で新曲「Dynamite」の振り付けバージョンミュージックビデオを世界で初めて公開し、全世界で270万人が見守った。 メタバースと現実の境界線を超えたアイドルの中で、現在最も知られているのはSMエンターテイメントのaespaだろう。aespaは「Avatar × Experience」を表現した「ae」と両面という意味の単語「aspect」を組み合わせて作った名前で、もう一人の自我であるアバター「ae」に出会い、新しい世界を経験することになるという世界観をもとに活動を繰り広げているアイドルだ。現実世界のウィンター、カリナ、ジゼル、ニンニンというメンバーと仮想世界のアバター4人で構成されており、現実世界に存在するメンバーと仮想世界に存在するアバターメンバーが現実と仮想の中間であるデジタル世界を通して交感し成長していくというストーリーテリングを持っている。 aespaは人間のメンバーとアバターが活動する場は現状分かれているが、人間のメンバーの中に実際にCGのメンバーが混ざって活動しているグループも存在する。コンピュータビジョン、ディープラーニングスタートアップとして出発したDEEPSTUDIOは、現在芸能事務所であるDEEPSTUDIOエンターテインメントを運営しており、VFX、K-POP、AIなど様々な分野からのスペシャリストが参加している。DEEPSTUDIOから2022年に誕生したのが、人間のメンバーであるダイモン、ガン、ユジン、シオの4人と実写型フル3Dグラフィックで具現化されたバーチャルヒューマンのメンバー、セジンで構成されているSUPERKINDだ。DEEPSTUDIOは2019年にチョン・セジン、ミン・ソジュン、チョ・ウニョン、ト・ヨンウォンの4人のバーチャルメンバーによるボーイズグループYOURを製作した経験があるが、現在は解散してセジンのみがSUPERKINDのメンバーとして残った経緯がある。このようにセジンにも現実のアイドル同様のプロフィールが用意されており、SNSやTiktokなどにも登場する。現在は5人組だが、ほかに人間とバーチャルメンバーがそれぞれ1人ずつ新曲のMVごとに公開される予定になっている。 <完全バーチャルメンバーによるグループが誕生> 一方、完全にCGIのバーチャルメンバーによるグループも続々と誕生している。2022年に「FEEL ALIVE」でデビューしたVERSE:DAYは韓国コンテンツ振興院とAIに特化した音楽コンテンツプラットフォームであるEnterartsが主管する、「2022コンテンツインパクト」事業の一環として誕生した。YouTubeや戦術のZEPETOでの活動を主軸とするようだ。 また、楽曲制作にEnterartsが参加し、AIグラフィック専門企業のPULSE9によってディープリアルAI技術をベースにして制作されたのがガールズグループのETERNITYだ。ディープリアルAIは、実写型のバーチャルヒューマンイメージを生成し、直接撮影した映像と合成してコンテンツを製作するAI技術だ。 ETERNITYはAIで作られたCGアイドル101人からファン投票で11人が選ばれてデビューという、人間界におけるアイドルデビューサバイバルを通して2021年3月、初のMV「I'm Real」を公開し本格活動を始めた。メンバーの数は今後も変わる可能性があり、ユニット別での活動など、NCTのようなフレキシブルな形で運営していくグループとのことで、今後タイで同様のボーイズグループのデビューが予定されている。 同じく今年デビューしたMAVE:は「100年続くアイドル」を標榜するAIバーチャルヒューマンアイドルグループで、デビュー曲の「PANDORA」のMVが公開2週間で1000万ビューを記録するなど、大きな注目を受けている。制作したメタバースエンターテイメントは、韓国のゲーム大手会社であるネットマーブルの子会社F&Cと、IT大手カカオエンターテインメントが合同で立ち上げたバーチャルアーティスト専門の芸能事務所だ。バーチャルアイドルの弱点となりやすいダンスパフォーマンス時のリアリティに関しては、長年3DCGゲームを制作してきた強みが活かされているようだ。『SHOW CHAMPION』などのリアルの音楽番組にも出演しており、同時にカカオウェブトゥーンやカカオページといったウェブトゥーンやウェブ小説のプラットフォームからも同時にMAVE:の物語を発信する等、3次元と2次元に同時にアプローチするという試みもされている。各プラットフォームで人気の「アイドルもの作品」のキャラクター達が先輩としてMAVE:のデビューお祝いコメントを寄せるというリアルアイドルのような演出もされていた。 <王道の浸透により邪道が存在感を示し始めた> 先述のAIバーチャルアイドル達とは異なる「バーチャル的」なアプローチで注目を受けるのが、有名YouTuberの우왁굳(ウワクグッド)によるTwitchストリーマー育成オーディション番組を通じて誕生した異世界アイドルだ。アイネ、ジンバーガー、リルパ、ズルル、ゴセグ、ゔぃちゃんの6人による異世界アイドルは主にVRChatで活動しており、デビュー曲「RE:WIND」のMVもVRChat上で撮影されている。外見がCGによるバーチャルキャラクターなだけでいわゆる「中の人」がいるVTuberに近い存在というのが、先述のバーチャルアイドルたちとは大きく異なる点だ。作曲、編曲など専門性が必要な分野には該当分野に詳しいファンが製作に参加するという、まさに“ファンの手によって作られるアイドル”という部分も特異的と言えるだろう。2枚目のシングル『겨울봄』は韓国の最大手音源配信サービスMelOnのTOP100で36位・リアルタイム14位・デイリー137位、Gaonではデジタル総合85位、DLでは週刊1位と、3次元の新人アイドルと比較しても中々の好成績を残している。 異世界アイドルと近いのが、ABEMAで開催中のバーチャルアイドルデビューをかけたサバイバル番組『少女リバース』だ。現実世界を生きる30名のK-POPアイドル(少女X)たちがバーチャル少女(少女V)として仮想空間(異世界W)に召喚され、新たにバーチャルアイドルグループとしてのデビューを目指すサバイバル番組で、視聴者投票などが審査結果に反映され、途中脱落となった少女Vは現実世界の正体を公表していくという展開が特徴。カカオエンターテイメントが主催の今回サバイバルは当初アバターの著作権問題などで開催が遅れたものの、現在は最終デビュー組5人が決まる佳境を迎えている。 サイバーコリア21政策など、アジア圏ではいち早くインターネットやコンピューター関連事業支援を進めてきた韓国では1998年に国産バーチャル歌手第一号と言われるアダム、続くシア、サイダーといったCGIのルックスを持つバーチャルシンガー(当時はサイバー歌手と呼ばれていた)が存在していた。そこから20年、グラフィック・クラウド・VRなどの技術面が発展したのに加えて、新型コロナウイルス感染症がバーチャルシンガーの発展に大きな影響を及ぼしたことは否めないだろう。海外を含むオフライン公演の舞台がますます減った状況下で、オンライン公演の需要が増え、非接触文化とメタバースのトレンドがK-POP文化と融合し、韓国の大衆音楽・K-POPを牽引してきたアイドル系の芸能事務所だけではなくゲーム系やCG製作系の「異業種」からもアイドルが誕生するようになっている。アイドル以外でもAIウサギシンガーのAPOKIやバーチャルバンドの402号など、リアルの音楽番組に出演するバーチャルシンガーなども登場している。 日本ではボーカロイドやアニメ・ゲーム、VTuberといった二次元系のカルチャーから発展してきた「非実在系アイドル」だが、それらとはまた異なる流れからの発展と融合を見せようとしているのが、K-POP系バーチャルアイドルの現在と言えるだろう。
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