ぼっちぼろまる・ピーナッツくん・星街すいせいの例から考える VTuber楽曲の“垣根を越えたヒット”が意味するもの
2022年02月04日 12:02
ぼっちぼろまる・ピーナッツくん・星街すいせいの例から考える VTuber楽曲の“垣根を越えたヒット”が意味するもの

 2022年から2023年1月現在にかけて、VTuber~バーチャルタレントの楽曲が立て続けにヒットを飛ばし、その存在がシーンの外側に少しずつ認知され始めている。 【動画】「THE FIRST TAKE」に再登場した星街すいせい  YouTubeで企画・配信されて大きく賑わう大型企画への出演や、テレビ番組で取り上げられるというだけでなく、「VTuber」としての人物像や記号性よりも、楽曲やパフォーマンスが良い意味で独り歩きし、爆発的なヒットへと繋げていく事象が続いているのだ。  今回はそのヒット曲や現象についてまとめていきたいと思う。その多くが、VTuberをしっかりとおいかけるファンとは全く異なる、文字通り「別の世界」の人たちにリーチしている点において注目すべきだろう。  まず最初に挙げるべきは、ぼっちぼろまるの「おとせサンダー」だ。ぼっちぼろまるは「ひとりぼっちロック・バンドとしてミュージシャン活動を行う地球外生命体」として2016年末から活動をスタートし、現在まで活動してきたシンガーソングライター・バーチャルYouTuberだ。  そんなぼっちぼろまるの「おとせサンダー」が、2022年の年間Billboard JAPAN「TikTok Songs Chart」で1位をゲットしたのだ。  Aメロ部分の「イナズマに打たれました」という歌詞に合わせ、親指と人差し指を稲妻に見立てたフィンガーダンスと上半身を大きく使った振り付けは、ダンス解説や振付師として活躍している中野亜紀によるダンス動画によって広く知れ渡るようになった。  中野亜紀によるダンス動画は2022年5月12日に公開され、その後半年近くに渡って大ブレイク。TikTok上では2023年1月30日現在までに約20万本の動画が投稿され、9億回を超える再生数を誇っている。  6月3日に各ストリーミングサービスで配信がスタートすると、TikTokでの大人気ぶりがそのまま伝播し、バイラルヒット系プレイリストの常連として大きなトレンドとなり、先述したBillboard JAPAN「TikTok Songs Chart」年間1位を獲得するに至った。  リリースからわずか1年と経過していないことを踏まえれば、「おとせサンダー」を使用した動画が約20万本も制作・投稿され、多くのリスナーに楽曲が届いたのは驚異的ですらある。  音楽一点勝負だからこそ、数々の楽曲をバイラルヒットに押し上げてきたTikTokに活路を見出したぼっちぼろまる。彼がこの1年で一気にブレイクするかは注目に値するだろう。 ・「TikTokで流行るから!」 予言通りとなった「刀ピークリスマス2022」のバイラルヒット  「この歌がVTuberだなんて、全然感じなかった」  この言葉は、ある種の臨界点を飛び越えてブレイクしたからこそ生まれる言葉だろう。  ここで特集している音楽とVTuberの関係性で言えば、ブレイクに至る重要なポイントとして、高い音楽性や素晴らしいパフォーマンスを備えているのと同じくらい、ルックスにも大きく左右される。この点は否めなかったはずだ。  そんななか、楽曲発表後からわずか1か月ほどで驚異的な伸びを見せているVTuber・バーチャルタレントがいる。楽曲「刀ピークリスマスのテーマソング2022」をリリースしたピーナッツくんだ。  ピーナッツくんは2018年頃から本格的に活動を始めたバーチャルYouTuberであり、にじさんじ・ホロライブといった二大事務所に所属することなく、現在でも個人として活動を続ける「個人勢」VTuberである。同じ時期にデビューした甲賀流忍者ぽんぽこを相方にし、ファンや同業者から「ぽこピー」という愛称で親しまれ、「バーチャルな姿でYouTuber活動をする」というコンセプトに則って様々な活動をこなしてきた。  生配信では友人らとのゲーム実況配信でリスナーを楽しませつつ、ぽんぽことの収録では全国を飛び回って様々な企画を届けてきた。その姿は、まさに「YouTuber」の姿と変わりない。  2019年7月には着ぐるみ姿となって「ゆるキャラグランプリ2019」の「企業・その他」部門に出場、見事優勝を果たすと、その活動範囲がグっと広がっていくことになった。元々ヒップホップヘッズであったピーナッツくんは、2020年から本格的にラッパーとして活動をスタートさせる。そのユニークなビジュアルと音楽性に加え、「バーチャルYouTuber」という個性を全面に活かした活動が評価され、ヒップホップ界隈関係のメディア・ラッパー・ヘッズからも注目されてきた。  2022年5月21日・22日にはPUNPEEとBADHOPが大トリをつとめた大型ヒップホップフェス『POP YOURS』に出演し、見事幕張メッセの会場を沸かせたほか、2022年だけでも『ピーナッツくん × Moment Tokyo XR LIVE ~ONAKA no NAKA~』開催や渋谷WWW Xのイベント『Heavenly X』への出演、3rdフルアルバム「Walk Through the Stars」のリリースに合わせたライブツアーを渋谷Spotify O-EAST・心斎橋 BIGCAT・配信サイトSPWNの3か所で公演するなど、ライブ活動にも精力的だ。  そんなピーナッツくんが、毎年クリスマスの夜に行われるにじさんじに所属する剣持刀也とのコラボ配信で「刀ピークリスマス2022」を公開。この曲が現在大きなヒットとなっているのだ。  配信中の企画として、ピーナッツくんは友人である剣持刀也への愛を歌ったテーマソングを毎年制作しており、人気が高まり続けるピーナッツくんと剣持刀也の組み合わせということもあり、2022年は過去一番の注目を集めていた。  そんななかで公開された「刀ピークリスマス2022」は、4つ打ちのビートにラテントラップ~レゲトンを感じさせる哀愁さが漂うサウンドで、2022年に音楽シーンの話題をかっさらったBad Bunnyを連想させてくれる。  表拍と裏拍をうまく行き来しながらのリズミカルなフロウに、剣持への狂気的な愛情を綴ったリリックはファンであれば誰しもがニヤっと笑ってしまうものだ。しかも、本編動画を見てわかるように、PVとして発表された動画はパペット人形だ。何も知らない人からみればこの動画が「VTuberによるもの」とは感じられないだろう。  25日の生配信中にはピーナッツくんが剣持に対して「TikTokで流行るから!」と冗談を飛ばしていたが、公開して1か月足らずで、実際にこの曲はTikTokを賑わせるヒットソングとなっている。最初は同業のVTuberやそのファンたちに、次はインターネットカルチャーに敏感な人たちやTikToker・歌い手たちに、この原稿を書いている2023年1月末にはモーニング娘。、anoちゃん、本田翼まで広まっている。  現在までTikTok上で4万本の動画が制作・投稿されており、この投稿数はTani Yuuki「W/X/Y」の動画投稿数とほぼ同じ数だ。しかも、わずか1か月ほどの間で4万本もの動画が制作されたことを考えれば、今後も動画の投稿数は伸びていく可能性がある。  楽曲タイトルに「クリスマス」とあるので冬の曲かと思われそうだが、実際にTikTokでよく使用されているのはサビ直前から「Be My Own!」でバチっと締める部分で、季節感はほとんどない。むしろリズム感・グルーヴの心地よさで評価されているのがわかる。  左右の足をスリ足で交差させ、両脇・腕でパタパタとさせるダンスは、原曲となったPVでパペット姿のピーナッツくんが見せる動きと瓜二つ。この曲を踊るうえでのポイントになる。中野亜紀がこの曲で踊るTikTokerらを観察し、ダンス解説をした動画もある。分からない部分があるとコメントしつつ、キレのあるダンスをこの曲に添えたことで、より普及させた部分は大いにあるだろう。  もちろん、こういったダンス解説にとらわれず自由に踊ったり、ダンスとはまったく関係ない動画にも使用され始めたりと、そのヒットぶりは留まるところを知らないといった状況だ。  TikTok動画へのコメントを見てみると、そもそも「VTuberとは?」「刀ピーとはなにか?」すら分からないユーザーも多く、「刀ピーさん」という1人の人物として捉えられているコメントすらあるほどだ。  ぼっちぼろまるとピーナッツくん、彼ら2組のバイラルヒットにおいて注目すべきポイントは、TikTokでのバイラルヒットにはルックスや素性などはほとんど関係なく、ダンスや歌といったパフォーマンス、あるいは「自分たちの日常風景にいかにマッチするか?」という快楽性や利便性にスポットが置かれている点にある。  TikTokのユーザーインターフェースは、バックグラウンドで流れている音楽を歌っている・制作した人物のバイオグラフィ・ルックスなどが注目されづらい設計になっている。投稿者を中心に据える設計である以上仕方ない部分ではあるが、この2人・2曲のヒットはその設計がうまく作用したヒットと言えるだろう。  「おとせサンダー」に続き巨大なインパクトを放った「刀ピークリスマス2022」、その勢いはあと何か月ほど続いていくだろうか。動向に注目したい。 ・VTuberとして初めて「THE FIRST TAKE」に出演した星街すいせい  ピーナッツくんと同じくらいの特大インパクトを炸裂させた人物といえば、もう1人名前が挙がるだろう。ホロライブに所属するバーチャルアイドル・星街すいせいだ。  1月20日、星街すいせいは、VTuberとして初めてYouTubeチャンネル「THE FIRST TAKE」に出演し、1stアルバム『Still Still Stellar』のリード曲「Stellar Stellar」を披露した。  動画の公開当日は、プレミア公開の何時間も前から数千~数万人の視聴者が待機しており、非常に多くのコメントが投稿されていた。22時にプレミア公開が始まると、同時視聴数は16万人を記録した。この同時視聴者数はチャンネル歴代トップと報じられた。  公開から3日後には再生回数500万回を突破し、その後YouTubeの音楽カテゴリーにおける「人気急上昇」ランキングで上位をキープしつづけており、公開後11日が経過した2023年1月31日現在、「Stellar Stellar」は約740万回の再生数を誇っている。  この数字は「THE FIRST TAKE」が過去半年以内(2022年7月~12月)に投稿してきたどのパフォーマンス動画と比較しても、群を抜いた再生回数である。  また、動画のコメント欄をみてみれば、日本語だけでなく英語やスペイン語で綴られたコメントが目につくだろう。「ホロライブの海外ファンが多い」というのは事実であるが、筆者が驚いたのは動画公開後の数日にわたって、海外の音楽ファンによるリアクション動画がいくつも投稿されたことにある。  YouTubeの検索欄にて「hoshimachi suisei reaction」と検索してみれば、「親日である・ない」「VTuberを知っている・知らない」に関わらず、非常に多くの人々がリアクション動画を投稿していることがわかる。  こうした現象については、海外のホロライブファンが視聴していたことでVTuberを知らない海外視聴者のページにもアナリティクスの関係で出てくるようになった、YouTubeで音楽カテゴリーの「人気急上昇」ランキングで上位をキープしていた、多くのYouTuberが「VTuber」というルックスなどから来る物珍しさで視聴したなど、さまざまな推測ができる。  いずれにせよ、この爆発的な再生数の主因として、海外リスナーを含めた「VTuberを知らない人たち」から大きな注目を集めたという部分は見過ごすことができない。  ここ5年ほどのVTuber・バーチャルタレントの興隆をうけ、「アニメキャラクタールックな配信者・シンガー」を志望する人々が非常に増えている。その判断・道筋とは、自分自身のルックスを隠しつつも、アニメキャラクタールックな表現や3D・VR表現の可能性に賭け、なおかつ「自身の”タレント”をより十全に披露しよう」というものである。  「THE FIRST TAKE」史上初となるVTuberのパフォーマンスに際して、「ヘタなパフォーマンスをしたら、VTuber全体の評価を下げてしまうかもしれない!」と、シーンの浮き沈みすらも抱えたようなプレッシャーを星街は感じていたという。  だが蓋を開けてみればご覧の通り、圧倒的な歌声・ボーカルパフォーマンスを見せつけ、懐疑的な視線や物珍しさで集まったリスナーを自分自身の、いや「VTuberのフォロワー」へと変えてしまったといえよう。 ・これからは「誰なのか」よりも「なんなのか」が重要になる時代に?  2023年の日本において、歌手やバンドとして活動を始めようとするときに「自分の素顔を公表するか・しないか」は、その後の活動指針・イメージ作りに大きな影響を与える部分である。  その点から考えれば、「活動しようとしている自分のルックスを、アニメキャラクタールックなものにするか否か?」という判断も同じ水準で考えられる重要なポイントであり、言葉をうまく拾ってくれば「職業選択」「容姿選択」ともいえるだろう。  さて、「TikTokのバイラルヒットは制作者の顔が見えないこと」が楽曲のヒットに起因すると筆者は書いたが、YouTubeでのパフォーマンスでヒットするうえでは、「姿形を明らかにしたうえで、自身のパフォーマンス・ルックスを見てもらい、聞き手に判断してもらう」ことからは逃れられない。  「自身のルックス」をいかに知ってもらうか? ぼっちぼろまる・ピーナッツくん・星街すいせいの3人はすでに手を打っている格好だ。  たとえばぼっちぼろまるやピーナッツくんのような、「NHKの教育番組に出てくるマスコットキャラクターのような」ルックスは、アニメキャラクタールックなVTuberとはまた別の受け取り方を見たものに促すだろう。  ピーナッツくんは、日本におけるAmazon Music初のお子様&ファミリー向け音楽番組『ひ~!ひ~!ふ~!』に出演しており、新しい学校のリーダーズ、Daoko、東郷清丸とともに、各話に登場するゲスト陣の1人として参加している。そのルックスからも、まさに「NHKの教育番組のマスコット」のように受け取られるだろう。  ぼっちぼろまるは、1月27日放送の『めざまし8』(フジテレビ系)に生出演し、「おとせサンダー」「パカパカバカリ」をパフォーマンスした。以前からも彼はテレビ番組に取り上げられており、トレードマークの赤黒の顔とともに間違いなく注目を集めるだろう。  星街すいせいは「THE FIRST TAKE」におけるブレイク後の2023年1月28日に、自身2度目となるソロライブ『Shout in Crisis』を開催しており、8000人を収容できる東京ガーデンシアターは満員札止めを記録した。YouTubeでは冒頭部分の無料配信、ならびにSPWNやZAIKOといった配信サイトでは全編視聴可能なチケットを販売している。  YouTubeの無料配信には最大視聴者数で約7万人が訪れたが、実際にパフォーマンスを見せたのはわずか10分ほど。とはいえ、これまた十二分なインパクトをもたらしたのは間違いなく、数年ぶりとなった「声出し応援」となったライブの熱量が映像越しでも伝わってきた。  にじさんじ・ホロライブをきっかけにしてここ数年でVTuber/バーチャルタレントシーンを知ったファン、逆にVTuberの存在を知らない人にとっても、広大なインターネット上で壁やキャズムを飛び越えて活動している3人のヒットは、どこか遠い話のように見えるかもしれない。  「キャラクタールックである」という、VTuberをVTuberたらしめる定義・記号性が極めて薄い状態になり、受け手もかなり曖昧な認識で受け取るパターンが増えている。どれだけ派手でトゲのあるバイオグラフィや記号性であっても、「存在や定義すら一切知らない」受け手が常に圧倒的多数であり、いかなる存在も最初は「はじめまして」の挨拶から始まるような状態なのだ。(だからこそ「誰しもが知る存在」が、いかに特異かつ特別な存在かが分かってもらえるだろう)  そんな時代に重要なのは「誰なのか」よりも「なんなのか」、かもしれない。「ハイクオリティなパフォーマンスや高い音楽性をどのように見せつけるのか?」「しっかりキャッチできるセンスや理解力が受け手側にあるのか?」という点が受け手の判断基準として育っていく。軽率・軽薄に広まっていくだけではなく、立ち止まって「どのような存在か?」を受け取ろうとする態度が整っていく、それは好ましい状況ではないだろうか?

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