移動を促し、体験も豊かに!進化するバーチャル技術
2022年01月21日 06:01
移動を促し、体験も豊かに!進化するバーチャル技術

 タワーからバンジージャンプができるとしたらどうだろうか。高い所が苦手な筆者としては遠慮するところだが、バーチャルだと聞いて、それなら大丈夫だろうと、体験させてもらうことにした。VRゴーグルを装着し、台の上にうつ伏せになり、足を器具で固定する。ヘッドセットの画面には東京タワーからの展望が広がる。驚くほどリアルだ。  「1、2、3、バンジー!」の掛け声と共にうつ伏せになった台が傾けられ、画面は真っ逆さまに落ちていく。バーチャルだと侮ったことを後悔するほどの恐怖を味わうことができた。  これを開発したキャドセンター(東京都港区)は、1980年代から3Dコンピューターグラフィックス(CG)で画像や映像をつくってきた業界では草分け的な存在だ。これまでマンションなどの建物、インフラなどさまざまな実在するものを3DCG化してきた。それを今、街(都市)全体に広げており、ここでつくられた東京の映像がバーチャルバンジーに応用された。  東京タワーの展望台では、バンジージャンプを疑似体験することができる(記事執筆時は機器調整中)。現地に足を運び、さらにそこでの体験をより豊かにするというわけだ。マーケティング戦略担当の大住真右さんは「旅前、旅中、旅後で、われわれの技術を使うことができる」と話す。「旅前」では、海外など観光地のバーチャル映像で、写真以上の臨場感を味わってもらうことで旅への意欲を高めてもらう。「旅中」は、バーチャルバンジーの他にも、城跡に行って往時の城郭をバーチャルで見るというアプリがある。仙台城や姫路城などでサービスが展開されている。こうしたアプリ開発の依頼が自治体から増えているという。そして「旅後」では、このようなバーチャル体験を通じて撮影した映像や写真を、旅から帰った後で楽しむというものだ。  「メタバース」のようなバーチャル空間が生まれることによって、現実と仮想空間の融合が進むと、人々は家にいながらにして、世界のどこにでも出かけることができたり、遠くにいる友人と共に過ごしたりすることができる。つまり、プラスの意味で人の移動が不要になることが語られる。しかし、キャドセンターのサービスのように、人々の移動を促すバーチャルの使い方も存在するのだ。  リアルとの融合という例では、「ピースパークツアーVR」がある。このツアーは、ガイドと共に広島の平和記念公園内と原爆ドーム沿いを散策、5カ所でコンテンツをVRヘッドセットで見て、被爆前、被爆直後、復興という時間軸で広島の街の様子を見ながら、原爆をより知ってもらうために企画されたツアーだ。移動距離は800㍍と短いが、所要時間80分という、かなり中身の濃いツアーになっている。  VTuber(バーチャルユーチューバー)。インターネットやユーチューブなどのメディアで、2D、3Dキャラクター(アバター)をまとって、動画配信をする人々のことだ。このVチューバーを活用して地域活性化に貢献しているのがuyet(ユエット、東京都渋谷区)だ。代表の金井洸樹さんは「Vチューバーなどを活用したキャラクター・コマースの利用をもっと広げたい」という思いで2021年に起業した。  地域の生産者をサポートするきっかけになったのは、浜名湖に面する浜松市三ケ日町のみかん生産者との出会いだった。22年1月のことだ。形が悪かったり、キズがついたりしたみかんの販売について生産者が困っているという話を聞き、Vチューバーを活用してインターネットで販売したところ、大いに売れた。  これをきっかけにして「販売チャンネルがない。チャンネルはあるものの認知度がない……。そんな課題を抱えている地域の生産者や小売、流通の皆さんをサポートできると考えた」(金井さん)。昨年10月には、JA全農が運営する産地直送通販サイト「JAタウン」などと、「バーチャル物産展@JAタウン」を開催した。JAタウンの商品の中から各地の特産の10商品を選定し、30人のVチューバーが販売するというもので大盛況となった。  「最近では、実際に販売先を訪問したという話も聞くようになった」と、金井さん。単なるeコマースだけではなく、地域と人々の新たな交流のきっかけとなる可能性も秘めている。  昨年5月にバーチャルギャラリー「ニッサン クロッシング」で軽電気自動車(EV)「日産サクラ」の新車発表会を行った日産自動車。企画した同社の日本事業広報渉外部の鵜飼春菜さんは「クルマが身近にない人たちに向けて、クルマのある生活、ドライブの楽しさなどを体験してもらいたかった」と話す。そのためにこだわったのが没入感だ。パソコン画面などでも見られるほうが容易により多くの人が利用できるが、体験をよりリアルなものにするために、メタが販売するVRヘッドセット「メタクエスト2」を使用することを前提とした。  このVRヘッドセットには専用コントローラーが付いており、これを使用してメタバース空間「ドライビングアイランド」内で「日産サクラ」を運転する。バーチャル内なので、運転免許がなくても運転でき、友人同士で試乗することも可能だ。 「フェアレディZ」を乗りたいというユーザーは実車に乗って体感してもらうしかないが、「クルマとのファーストコンタクト」(鵜飼さん)という人々に向けた企画だ。自動車メーカーにとって、実物のクルマを買ってもらうことがゴールではあるが、都心居住者や若者を中心に「クルマ離れ」が進む中で、まずは知ってもらうことが大事になっているということだ。  国土交通省が2020年から始めた「PLATEAU(プラトー)」では、3年間で日本国内の約140の都市が3D都市モデルを作成した。プラトーはオープンデータであり、パソコンから「プラトービュー」で3Dデータを見ることができる。  都市の立体地図という点では、「グーグルマップ」や「グーグルアース」をイメージする人が多いが、プラトーでつくられた3Dデータは、建物一つひとつに情報を追加することができるといった特徴がある。しかし、3Dデータをつくるとなると、気になるのは、そのコストだ。プロジェクト発足から携わる都市政策課の内山裕弥課長補佐は「ゼロベースでCGをつくれば、膨大なコストがかかる。ただし、プラトーでは、自治体が持っている地図や航空写真といったデータを活用している。盛り込むデータにもよるが、政令指定都市規模の都市でも、数百万円で作成することは可能だ」と語る。  もともと、都市データの3D化は、欧州連合(EU)が先行してきた。ここでは、都市計画だったり、環境アセスメントといった用途で使用されるのが主流だ。これに対して日本では独自の動きが見られるという。 「プラトーに興味を持ったエンジニアの人々が、使い方について互いに情報交換をするようなコミュニティーができた。われわれも開発のチュートリアルを発信したり、全国でハッカソンを開いたりすることで、プラトーに触れるきっかけづくりを進めている。  結果として、多くの映像作品、ARアプリで使用されるようになったり、今ではVJ(ビジュアルジョッキー)がライブで流す動画素材として使ったりすることが起きた。多様なアイデアが出て来ることが日本の特徴であり強みだ」(内山さん)  23年1月20日には「プラトー・スタートアップ・ピッチ」が開催される。プラトーのデータを使用したビジネスモデルのアイデアを、スタートアップが競うというものだ。「27年を目標に500都市の3D都市モデル整備を目指す」と内山さん。このデータは、まさに宝の山だ。  日本総合研究所先端技術ラボの金子雄介エキスパートによれば「『メタバース』といっても、コンシューマー用途とビジネス用途で分けて考える必要がある。ビジネス用途でいえば『デジタルツイン』。現実と双子のバーチャル空間をつくり、シミュレーションなどに使われている。例えば、エヌビディアとシーメンスが協力してデジタルツインの工場をつくっている事例がある。  それに対して、コンシューマー用途のメタバースが目指す最終形態は、常時バーチャル空間内で過ごすことといわれている。ただし、3Dバーチャル空間の特徴を生かしたコンテンツも不足しているし、ヘッドセット機器の改良も必要になる」。  同じく間瀬英之シニア・アナリストは「このところ注目しているのは、マイクロソフトのARゴーグル『ホロレンズ』を米国陸軍が採用していることだ。インターネット技術もそうだったように軍事技術の民生利用がイノベーションにつながることは少なくない。ただ、米軍での利用においても、3時間程度の連続使用で吐き気や頭痛、眼精疲労などの症状を引き起こすという事例も報告されているそうだ」。  今後の展開についてはこんな予測をする。「10代がゲームでメタバース的な世界を体験しているように、若い世代ほど、バーチャル世界への親和性が高い。今後、世代によってプラットフォームが違うということも起きてくるかもしれない」(金子さん)。 「コンシューマー用途のメタバースは、まだ入り口段階で、収益を上げるというモデルは出てきていない。ただ、だからといって『やはり駄目だ』ではなく、どんなサービスができるのか、どんなビジネスモデルがあるのかを『考える時期』にあり、目先ではなく、30年に向けて『こう変わっていく』というビジョンが必要だ」(間瀬さん)  『Wedge』2023年2月号では、「日本社会にあえて問う 「とんがってる」って悪いこと? 日本流でイノベーションを創出しよう」を特集しております。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。  イノベーション─―。全36頁に及ぶ2022年の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」の本文中で、22回も用いられたのがこの言葉だ。  「新しくする」という意味のラテン語「innovare」が語源であり、提唱者である経済学者のヨーゼフ・シュンペーターが「馬車を何台つないでも汽車にはならない」という名言を残したことからも、新しいものを生み出すことや、既存のものをより良いものにすることだといえる。  「革新」や「新機軸」と訳されるイノベーションを創出するには、前例踏襲や固定観念に捉われない姿勢が重要だ。時には慣例からの逸脱や成功確率が低いことに挑戦する勇気も必要だろう。平等主義や横並び意識の強い日本社会ではしばしば、そんな人材を“尖った人”と表現する。この言葉には、均一的で協調性がある人材を礼賛すると同時に、それに当てはまらない人材を揶揄する響きが感じられるが、果たしてそうなのか。  “尖る”という表現を、「得意」分野を持つことと、「特異」な発想ができることという“トクイ”に換言すれば、そうした人材を適材適所に配置し、トクイを生かすことこそが、イノベーションを生む原動力であり、今の日本に求められていることではないか。  編集部は今回、得意なことや特異、あるいはユニークな発想を突き詰め努力を重ねた人たちを取材した。また、イノベーションの創出に向けて新たな挑戦を始めた「企業」の取り組みや技術を熟知する「経営者」の立場から見た日本企業と人材育成の課題、打開策にも焦点を当てた。さらに、歴史から日本企業が学ぶべきことや組織の中からいかにして活躍できる人材を発掘するか、日本の教育や産官学連携に必要なことなどについて、揺るぎない信念を持つ「研究者」たちに大いに語ってもらった。  多くの日本人や日本企業が望む「安定」と「成功」。だが、これらは挑戦し、「不安定」や「失敗」を繰り返すからこそ得られる果実である。次頁からでイノベーションを生み出すためのヒントを提示していきたい。

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