
『ウタカタララバイ』MVの監督を手がけた「地球外生命体マルチクリエイター・ヲタきち」って何者!?
映画『ONE PIECE FILM RED』の劇中歌『ウタカタララバイ(ウタ from ONE PIECE FILM RED)』MVのYouTubeの再生回数が5,200万再生を超えている(2022年12月時点)。情報によると、「地球外生命体マルチクリエイター・ヲタきち」なる人物(?)が同MVの監督を務めたという。ヲタきち氏とはいったい何者……!? 興味深々、レッツインタビュー! CGW:映画『ONE PIECE FILM RED』の劇中歌、MV『ウタカタララバイ』の監督をされましたが、どういった背景でヲタきちさんに依頼があったのでしょうか? ヲタきち:これまでにいくつかVTuberさんのミュージックビデオを制作させていただいているのですが、ディレクターと編集を務めたミュージックビデオの1つにMarpril(マープリル)というアーティストの『Girly Cupid』(2019)という作品があって。そのMVを評価してくださって今回ご連絡くださいました。「新しい『ONE PIECE』の映画の中で楽曲制作をするにあたり、ミュージックビデオを作っていただきたいです」と、TwitterのDMでご連絡いただきました。 CGW:Twitterでのご連絡だったんですね! ヲタきち:はい。ONE PIECEの映画公式アカウントからだったのでしばらくはドッキリかと疑っていましたね(笑)。映画の世界観をそのまま表現するのではなくウタと音楽アーティストのコラボレーションにより生み出される「楽曲」から表現を考えてほしいということでご依頼いただきました。劇中で使用される全7曲のうちで3DCGを使うのは僕だけということだったのでどんなものを作っても被ることはないなと思いつつ、「モーショングラフィックスで歌詞を表示してほしい」というご要望に応えるかたちで制作していきました。 CGW:そういった依頼を受けて、どのようにとらえてビジュアルを作っていかれたのですか? ヲタきち:僕の場合、「完全に見たことのない映像をつくる」っていうほど才能が豊かではなくて。それよりも「どこかで見たことがあるもの」という安心感の中に、ちょっとした違和感を加えて楽しんでもらえるコンテンツをつくりたいなといつも思っています。なので、今回も2割か多くても4割程度の「新鮮に思ってもらえるポイント」をつくろうという風に考え、また自分らしさを表現するにあたり、複雑な技術を使用せず見栄えが良い手法を探りました。 CGW:等身大のヲタきちさんによる、ヲタきちさんらしい映像制作のスタンスなんですね。肩ひじ張っていない感じがすてきです! ウタというキャラクターの見せ方についてはどのように考えられましたか? ヲタきち:『ウタカタララバイ』では、暗いカットの中でとりあえず何か光らせる!といった単純でカッコいいエフェクト処理はあまりしないようにしています。ウタというキャラクターが、ちゃんとこの現実世界に実在するアーティストとしてみんなに好きになってもらいたい。そういったオーダーでもあったし、僕としてもそう考えていたので表情や感情に意識が向かうようにと考えていました。 ヲタきち:構成としては「映画の中盤でウタが能力を発動したあたりで流れる曲です」と伺っていました。台本もいただいていなかったし、ウタの心情も伺っていなかったのですが、おそらく「追い込まれて能力を使わざるを得なくなる」という心情やストレスを歌った曲なのかなと想像し、逃げたい気持ちと立ち向かわなければならない気持ちによる、悪夢みたいな絵を表現しようと考えました。 CGW:挑戦したことや難しかった点はどのようなところでしたか? ヲタきち:まずは、完璧に作り上げられた『ONE PIECE』の世界観を邪魔をしないように気を付けていました。それを踏まえた上で、楽曲制作を手がけられたFAKE TYPE. さんによるラップをいかに映像で盛り上げるかがチャレンジングでした。当然ラップシーンがメインなんですが、いわゆる「1サビ」「2サビ」みたいな構成ではないし、だからといってストーリーだけで描くこともできないくらいすごく面白いつくりの曲になっているので、どこまでウタの心情を描きつつストーリーとリズムを楽しませるかの比重にこだわりました。 CGW:ラップシーンの映像をつくるって難しいんですね! ヲタきちさんはどのように解決の糸口を見つけたのですか? ヲタきち:僕は普段、音楽を聴くときあまり歌詞を見ないんですね。同じくミュージックビデオの制作のときも極力歌詞を見ないようにして、耳から入ってくる言葉に意識を集中していたりするんです。みなさんもおそらく耳から入ってくる情報の方が印象に残ると思うので、同じように僕も耳に入ってきた言葉と音を最初のヒントにイメージをつくっていく事が多いですね。 CGW:そうなんですね! でも『ウタカタララバイ』はそうはいかないですよね。 ヲタきち:はい。制作にあたって歌詞を見る必要がある曲ですね。でも歌詞をしっかりと理解したからといって世界に深く入れるわけでもなく、リリックビデオのような性質を求められているわけでもないと思ったので、これはもう「何度も観て何度も聴いてもらうことで分かる映像作品」にした方が良いのかなと考えました。繰り返しみることでいつの間にか歌えてしまうようなものにするために、思い切って映像を細かくカット割りする手法でつくっていくことにしました。 CGW:フォントの使い方も面白いですよね。 ヲタきち:フォントは「2つの系統」を作成しました。2種類のフォントを使っているという意味ではなく、「ウタの2面性」みたいなものを表現するためにシーンごとに使い分けています。僕は勝手に「闇ウタ」と言ってるのですが(笑)。彼女たちが登場するシーンでは全体の色合いを寒色系にして、フォントも明朝寄りのトゲのあるものを使って不安を表現しています。 CGW:ただただ「きれいだな~」と映像に見とれていただけでしたが、そこまで計算されていたんですね! CGW:ヲタきちさんの映像って、どこか懐かしいものを見たときのワクワク感があるように思うんです。決して何かのマネをしているという意味ではなく、懐かしくも新鮮な印象を受けます。 ヲタきち:そうかもしれません。僕が映像をつくるときって、「このソフトの新しい機能を使ってみよう」とか「斬新な表現で驚かせよう」という考えではなくて、誰もが見たことのあるものや経験が着想になることが多いんです。というのも僕自身、あまりにトリッキーな映像だと胃もたれしちゃうんですよ。知らないものを一気に取り入れられないというか、ギャップが大きいと大事なものが伝わらないような気がして。 仮に、やりたいと思っていることや理想としていることを100%出し切ったところで「誰かがそれを評価してくれるだろう」というのはあまりにも他人に委ねすぎている気がしてしまう。僕にとって2~4割の新しさでも見てくれる人にとっては10割新しく感じるものだったりする可能性もあるし。表現者しか分からないものはなるべく避けて、「作品を見てくれる人の理解力とギャップ」の開きをどの程度にするか。そこが重要なんじゃないかって。 CGW:なるほど。クリエイティブって、どこか他者とのちがいや個性をアピールするものだと思っていたのですが、自分を抑えた「調和と思い遣りのあるものづくり」は、観る人をしあわせにするんだなとしみじみと感じています。 ヲタきち:僕は「ワンアイデア」から作っていくことが多いのですが、それは「誰にとっても分かりやすい」方が良いと考えているからなんです。撮影現場にいるスタッフだって「今何をしてるのか」がわからないと、やっぱり楽しめないし提案出来ないじゃないですか。観る人もつくる人も、作品に関わる全員が自分のアイデアと経験で面白く補間してもらえるように、余白を残しておくように意識してたりします。 CGW:観る人のことも一緒につくっている人のことも考えて、ご自身のことをしっかりとコントロールして制作されているんですね。本当に「監督(ディレクター)」という言葉がふさわしく、愛情がありますね。 ヲタきち:あははは(笑)。僕はおばあちゃん子だったりするので、何ていうか「おばあちゃんを裏切れない」って思いながらつくっています。あんまり悪いことしちゃいけないな、と思いながら。 CGW:いやもう、自分のこれまでをふり返るとすさまじい反省の気持ちが(笑)。 ヲタきち:いやいやいや、もうホントに自分の課題にしてるだけなんですよ。守れないときもたくさんあって、もうきついなとかしんどいなとか、これは何も新しくないよって思うこともあって。なんでもそうかもしれませんが、最初にイメージを固めたものから下回ることが前提だと思うんです。「こういう人間でありたいな」と決めても下回ることを想定して、日々努力している感じではありますね。 CGW:ものすごく心に染み渡るお話で、ヲタきちさんのおかげで「私もこういうことができてなかったな」とふり返るきっかけをいただけました。自分のダメなところを認めるのって、意外と浄化作用があるんですよね。なんだか少し救われたような気分です。 ヲタきち:自分が作ったものが誰かの心の支えになっていたりもしますし。自分的に出来が悪くて反省しているようなミュージックビデオでも、誰かの人生の一部になっていたりするのを知ると、やっぱりカッコ良くありたいなと気が引き締まる思いがしますね。 CGW:最後に、これまで10年以上にわたり映像制作に携わってこられましたが、大きな変化が続く今とこれからをヲタきちさんはどのように考えられていますか? ヲタきち:iPhoneが生まれインターネット回線が早くなり、誰でもパソコンとデバイスを持っていて。もっと言うと、誰でも最先端の技術を使って映像作品をつくることができる時代で、しかもそれが無料で使えるようになりました。100年くらいかかるような革新が10年で行なわれるようなスピードですよね。 一方で、TikTokやYouTubeを観ていると「全員が良くできたものを見たがってるわけではないんだな」とうれしく思うところもあるんですよね。雑に編集されたネタ動画が流行ったり、クルクル回る猫がただ可愛いだけの動画だったり、まだまだ根源的に「面白い」とか「癒される」って思われるものは変わらないんだなって。 需要が高まっていることは嬉しいかぎりですが、自分がその需要の大きな流れに乗る必要はないのかなと。僕はどちらかというと器用なことを売りにするよりも「不器用です、ごめんなさい」っていうスタンスでいる方が、仕事の層が広がるんじゃないかとも感じてるんです。むしろ器用すぎることがこれからのクリエイターの課題になっていくんじゃないのかなって、なんとなく感じています。 CGW:CG・映像業界でも技術革新が一気に進み、CGでできることの幅が広がりましたよね。CGの世界に入るハードルがどんどん下がる一方、クオリティはどんどん上がっていくし。 ヲタきち:そうなると、それに見合った企業と予算で仕事をしないとやっていけなくなるので、スキルを活かすことの方がむしろ難しくなってきちゃっているのかなと。技術の方が需要に対してやや先行してるかもしれません。だから改めて立ち返ってみて、自分らしい表現をするためにその技術をフル活用する必要があるのかどうか、そしてその上で「自分の個性を上乗せして価値あるものにできているのか」を見つめる必要があるなと感じています。 CGW:ヲタきちさんとのお話を通して、反省してみたり勇気付けられたり、考えさせられたりモチベーションをもらったり。大きな変化の中で見失いかけていたものに気付かされました。自分にふさわしいものづくりについて見つめ直してみようと思います。ヲタきちさん、今日は素敵なお話を本当にありがとうございました! ©️尾田栄一郎/2022「ワンピース」製作委員会 ※本記事はCGWORLD.jpからの一部抜粋です。
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