
VTuber ピーナッツくんの音楽性と進化 「刀ピークリスマス2022」の“韻”とその構造を解説
バーチャルYouTuber/ラッパーのオシャレになりたい!ピーナッツくんとバーチャルライバーグループ・にじさんじ所属の剣持刀也さんの2人による、一夜限りならぬ聖夜限りの祭典「刀ピークリスマス」。 【画像】ピーナッツくんが出演を果たしたヒップホップフェス「POP YOURS」 クリスマスの夜に行われるコラボ配信の中、ピーナッツくんは毎年、剣持刀也さんへの愛を綴ったテーマソングを披露しています。 年を重ねるごとに上がるそのクオリティに、「刀ピークリスマス」を視聴するファンからの期待も高まるばかり。 ついに2022年の「刀ピークリスマスのテーマソング2022」は、剣持刀也さんが「ちょっと音楽性見せに来てる今回!」と笑いながらツッコみを入れるほどの出来栄えに。TikTokで流行するまでに至りました。 今回は、“HipなPop”を掲げラッパーとしても活動する筆者が、特にライミング(韻)をタイトに踏んでいた「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番のをリズム・デザインを分析・解説。その評価の理由を紐解いていきます。 その前提に立った上で、「刀ピークリスマスのテーマソング2022」のリズム・デザインを見ていきましょう。 トラックには、BigBadBeatsが提供するタイプビート「Party」が使用されています(ピーナッツくんは音楽的に最先端のビートを探してくるセンスも凄まじいです)。 まずはAメロから。Aメロの大枠は、16ビートを基本にしたヒップホップの王道スタンダードなもの(参考記事:USヒップホップの潮流 Migos以降のトレンド「Scotch Snaps」のリズムデザインとは)です。拍の区切りは「|」、16分休符を「□」で表記しています。 I'm gonna fadeaway 消し去ってきなよそのデータベース ふたりでしてる これは穢れ 寝汗をかくGentleman&Gentleman |□□□□|□□□□|□□□□|あいごな| |へだえ□|□□けし|さってき|なよその| |でたべす|□□ふた|りでして|るこれは| |けがれ□|□□ねあ|せをかく|ぜためん| |ぜためん|□□えー|□□ぜっ|たいてき| 「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番Aメロ(前半)/音韻やリズム・デザインをわかりやすくするためにひらがなで表記(英語などは響きの近い母音で代用) (実際にMVを流しながら上記のリズムを確認してください) Aメロに入る1拍前(イントロ頭から数えて8小節目4拍目)から、勢いをつけるように食って入るピーナッツくんのラップ。 各小節、1拍目のド頭を「E・A・E(fadeaway、データベース、穢れ)」の響きで揃えてアクセントをつけています。フロウ(歌い回し)としても、この1拍目のド頭にアクセントが来ています。 リズム・デザインの観点から言えば、“消し去って~”“ふたりで~”“寝汗を~”と、各行の頭が同じ位置から始まっているのもポイント。1小節目から3小節目まで、同じパターンの繰り返しによってリズムがつくられていきます。 そして、3小節目の終わりから4小節目の頭を跨ぐのが、“Gentleman&Gentleman”という「E・A・E」の音韻2連打。1拍目にアクセントを持ってくるという流れを守りつつも、リズム・パターンを崩し、自然に次のブロックへと橋を渡していきます。 絶対的 刀ピーいまくるまる毛布 明日になれば消える魔法 闇夜照らした君のiPhone No way 出荷状態にしとけよ |ぜためん|□□えー|□□ぜっ|たいてき| |とぴーま|くるまる|もうふ□|あしたに| |なればき|えるま□|ほう□□|やみよて| |らしたき|みのあい|ほん□□|のーえい| |□□すっ|かぞーた|いにしと|けよ□□| 「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番Aメロ(後半)/音韻やリズム・デザインをわかりやすくするためにひらがなで表記(英語などは響きの近い母音で代用) “絶対的”と食って入り、Aメロの後半に。前からの流れを活かし、フロウとしては、引き続き小節の頭(“刀ピー”“なれば”“らした”)にアクセントが付いてます。 特に“刀ピー”というキャッチーな単語は、文章表現としてメリハリをつけているだけでなく、明確にリズムの転換点であることをリスナーに示しています。 ライミングという観点から言えば、Aメロ後半の“まる毛布”(A・U・O・U・U)“魔法”(A・O・U)“iPhone”(A・I・O・N)は、同じ位置にあるもの、一見音韻が踏めていないように見える並びです。 しかし、“まる毛布”の“ふ”を子音しか発音しない、“魔法”の“ま”の後に16分休符を入れるなどの工夫を凝らすことで、可能な限り音韻の響きを揃えようとしています。 リズム・デザインとしては、Aメロ前半と同じく1小節目から3小節目まで同じパターンに揃えてリズムをつくり、4小節目でそれを崩すというもの。 これはあくまで筆者の考えなのですが、リズムを崩す王道のテクニックは、食って入るか、休符にするか。ここでは後者が使われ、“出荷状態にしとけよ”という(ツッコミどころも含めた)パンチラインに繋げています。 続いてはBメロ。バックトラックの音数が少なくなり、サビへのタメになるBメロ前半の大枠は「トラップ」という近年のヒップホップでしばしば用いられる三連符のフロウに(■は三連符の休符)。 君の熱い眼差し まるでコックカワサキ 荒らす君のナワバリ 高木さんのからかい |きみの|あつい|まなざ|し■■| |まるで|こっく|かわさ|き■■| |あらす|きみの|なわば|り■■| |たかぎ|さんの|からか|い | 「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番Bメロ(前半)/音韻やリズム・デザインをわかりやすくするためにひらがなで表記(英語などは響きの近い母音で代用) Bメロ前半の韻は、3拍目から4拍目にかけてに配置された“眼差し”“カワサキ”“ナワバリ”“からかい”の「A・A・A・I」。バックトラックに合わせて、畳み掛けるのではなく一音一音刻んでいくリズム・パターンを、(Aメロの3回ではなく)4回繰り返します。 そしてBメロ後半、バックトラックがサビに向かって勢いづいていくのに合わせて一転、ラップも再び16ビートのリズムに。 紙ストローならふやけるほどDo it 寝てる間に洗い物片す趣味 君が残すジュースを一気にグビッ (ごめんなさいもう止まらないんだ) | | | | かみ| |すとろー|ならふや|けるほど|づい□ね| |てるまに|あらいも|のかたす|すみきみ| |がのこす|ずーすを|いっきに|ぐびえー| 「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番Bメロ(後半)/音韻やリズム・デザインをわかりやすくするためにひらがなで表記(英語などは響きの近い母音で代用) Bメロ後半の韻は4拍目の“Do it”“趣味”“グビッ”の「U・I」なのですが、むしろ注目したいのは、各行の頭のリズム・デザイン。 “寝てる間”は16分音符1つ分前に食って入る、“君が残す”が16分音符2つ分前に食って入ると、食って入る部分が増えていきます。それによって、その後にパンチライン“ごめんなさいもう止まらないんだ”、そしてサビへの期待感を高めていっています。 そして、TikTokで使用されているサビのブロックへ。「刀ピークリスマスのテーマソング2022」のサビは、いわゆるメロサビとラップサビの中間のような仕上がり。 刀ピー OVERDOSE Just popping all night long よけりゃ Would you like… Be my own! 刀ピー OVERDOSE Don't Stop me all night long よけりゃ Could you like… Be my own! |とー□□|ぴーーー|おーばー|どずざす| |とーぴー|おーない|ろんよ□|け□りゃ| |うづらか|うづらか|うづらか|うづらか| |うづらか|びーまい|おうおー|けー□□| |とー□□|ぴーーー|おーばー|どずどん| |とーぴー|おーない|ろんよ□|け□りゃ| |くづらか|くづらか|くづらか|くづらか| |くづらか|びーまい|おうおー|けー□□| 「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番サビ(前半)/音韻やリズム・デザインをわかりやすくするためにひらがなで表記(英語などは響きの近い母音で代用) “刀ピー OVERDOSE”と“popping all night long”“Stop me all night long”のライミング(わかりやすく表記するなら「O・I・O・A・O」)の長い韻がフックに。 “刀ピー”の長めの響きから、食って入る“Just”(あるいは“Don't”)から始まる“popping”“Stop me”の畳み掛けはコントラストが効いています。 同じパターンを2度繰り返しリスナーに印象づけたところで、ラップはテンションが最高潮になるサビの後半戦へ。 明け方までやってるParty いけないことして当たるよバチ バタフライ はばたく いつもの常識にララバイ |あけがた|までやっ|てるぱー|りーいけ| |ないこと|してあた|るよばー|ちーいぇ| |ばたーら|い□はば|たーく□|いつもの| |じょうし|き□に□|らら□ば|い□きり| 「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番サビ(後半1)/音韻やリズム・デザインをわかりやすくするためにひらがなで表記(英語などは響きの近い母音で代用) 後半戦はリズムが変化し、韻も「A・I」(“Party”・“バチ”)に。この「A・I」の響きは、その後に続く「A・A・U・A・I」“バタフライ”“はばたく(厳密には「A・A・A・U」)”“ララバイ”のライミングの予告にもなっています。 “バタフライ はばたく/いつもの常識にララバイ”は、この楽曲の中でも最もダイナミックなリズムの変化のひとつですが、「A・A・A・I」と音韻を揃えることでそれが成立しています。 切り裂いて君のそのブレイド 無礼講ダンスするぼくの頸動脈 血がブワッて吹き出して見る天井 一緒に死んでくれますか? baby |じょうし|き□に□|らら□ば|い□きり| |さいてき|みのその|れいどぶ|れいこう| |だんする|ぼくのけ|いどうま|くちがぶ| |わってふ|きだして|みるてん|ぞういぇ| |□□いっ|そにしん|でくれま|すかべべ| 「刀ピークリスマスのテーマソング2022」1番サビ(後半2)/音韻やリズム・デザインをわかりやすくするためにひらがなで表記(英語などは響きの近い母音で代用) ダイナミックなリズムの変化はその後も続き、「E・I・O」(“ブレイド”“無礼講”“頸動脈”“天井(厳密には「E・N・O」)”)と韻が畳み掛けられます。 “ブレイド/無礼講”と「E・I・O」の韻が続いたり、拍の頭はじまりではなくではなくシンコペーションしていたりと、ライミングによるアクセントによってリズムが形づくられています。 今回「|」とひらがなで表記したリズム・デザインは、一般に譜割りと呼ばれるものです。 改めて「刀ピークリスマスのテーマソング2022」の譜割りを眺めてみると、サビを除き、そこまで複雑なアプローチを行わず、基本に忠実かつシンプル──言うなれば王道であることに気づかされます。 剣持刀也さんへの愛を綴るという歌詞の内容そのものはさておいて、今回の「刀ピークリスマスのテーマソング2022」は、ピーナッツくんのラップとしてのアプローチが王道だったからこそ、ここまで評価されるに至ったのでしょう。 常に実験的で先鋭的な表現を行うピーナッツくんですが、彼のこれまでの活動やスキルの蓄積が自信に繋がり、高い完成度を伴う表現として結実したのかもしれません。 参考までに、こちらが前年の「刀ピークリスマスのテーマソング2021」です。ライミングやリズム・デザインの観点から聴き比べてみると、ピーナッツくんの音楽性の進化/深化がより分かりやすいと思います(もちろん、こちらもすごく良い曲です)。
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