
人類学者・ミラと紐解く「バ美肉」の世界 あらゆる人が「理想の自分」になれる時代に感じた可能性
スイスの人類学者であり、「ミラ」として活動するリュドミラ・ブレディキナ(Liudmila Bredikhina)氏が、「バ美肉(=バーチャル美少女受肉)」に関する論文でジュネーブ大学のジェンダー分野の学術賞「プリ・ジャンル」を受賞した。「バ美肉」に関する研究が学術賞を受賞するのは世界初の快挙であり、2022年のバーチャルに関する動きのなかでも特筆すべきもののひとつだった。 【画像】研究ユニット「Nem×Mila」として活動する2人 今回はそんなミラに、これまで行なってきた研究の内容や、「バ美肉」に興味を持って研究を始めたきっかけ、バーチャルの姿とジェンダー規範に関する話などを聞いた。 ーーまずはミラさんの行っている研究の具体的な分野と内容について教えてください。 ミラ:2021年、私はスイスのジュネーブ大学にてアジア研究の修士号を取得しました。最近「プリ・ジャンル」を受賞した論文は、バ美肉と日本の伝統的な演劇を研究したものでした。修士論文のタイトルは、『バ美肉:バーチャルパフォーマンスの背後にあるもの。テクノロジーと日本の演劇を通してジェンダーの規範に抗う』です。 実は、2020年に欧米の研究者で初めてバ美肉に関する学術論文を発表しました。それ以来、科学雑誌にいくつも論文を発表しています。いまは、マルタ大学院のジェンダー・セクシュアリティの博士課程に出願中です。私の研究は、日本の男性が表現する“バーチャル可愛い”と“美少女”についてのもので、「バ美肉」や「お砂糖」の文化などが象徴的ですね。 ーーなぜ日本のカルチャーに興味を持ったのでしょうか? ミラ:子どものころ、父の仕事上の日本の友人に、折り紙を教えてもらい、そのとき初めて日本文化に興味を持ちました。それから、浮世絵の本を集めたり、座禅について読んだりするようになったんです。10代のころにはインターネットで日本のロリータファッションの写真を発見し、雑誌『FRUiTS』のスキャンを読んだことをきっかけにMALICE MIZERのギタリストであるManaに恋心を抱くようになり、そこからヴィジュアル系ややおい、乙女ゲームに興味を持ちました。 日本に行ったときには、芸者や女装家、ドラッグクイーン、演劇人、ネカマの方などにもお会いしました。 ーーそのなかでバ美肉について興味を持った理由は? ミラ:2018年には初音ミクを知り、その1年後にはVTuberを知りました。2019年末にVtech Challengeが開催されたので、日本と欧米のVTuberの共通点や違いについて簡単な調査をすることにしました。そこで知ったのが、「バ美肉」でしたね。日本文化への興味、ジェンダープレイの習慣(10代のころ、性別を変えたり、異性の装いをして遊ぶのが好きでした。しかし、演じるのは舞台の上だけではありませんでした。ウェブロールプレイングが好きなので、猫娘と少年の2人をメインキャラクターにしていました)、インターネットに時間をかけすぎる習慣と合わせて、バ美肉を研究することは修士論文のテーマとして最適だと思った。また、男性がかわいい女の子キャラに転生する理由もずっと気になっていたんです。 ーー先日プリ・ジャンルを受賞した論文は、日本の演劇文化からバ美肉について考察したものでしたね。このテーマについて考えるようになったきっかけは? ミラ:きっかけは複数ありますね。たとえば、『ねほりんぱほりん』の中で、バーチャル美少女ねむさんが「バ美肉と人形浄瑠璃の類似性」について述べているのを見たことや、広田稔さんが「バ美肉が女形と類似していること」を述べた記事を読んだり(https://panora.tokyo/79651/)、畑中章宏さんが著書『死者の民主主義』でVTuberの人気について「人形浄瑠璃、3DCGキャラクター、最先端技術の組み合わせから生まれる」と述べたことなどから、「バ美肉、女形、人形浄瑠璃の類似性」についての研究を始めたのです。 バ美肉と日本の伝統的な演劇を歴史的に関連付けるのではなく、バ美肉の言説を調査するために後者を利用したことで、それらの伝統的な演劇芸術を彷彿とさせる美学、慣習、社会的な相互作用を発見することができました。情報提供者から得た情報によると、彼らは歌舞伎や人形浄瑠璃からインスピレーションを得て、自分たちの練習を正当化したと主張しているのです。 しかし、注意していただきたいのは、すべてのバ美肉がそのように考えていたり、伝統的な演劇を参照していると主張しているわけではありません。私の研究は、バ美肉を取り巻く多くの言説のうちのひとつを調査することに重点を置いています。 ーーあらゆる人が自分の好きなヴァーチャル・ヴィジュアル・アイデンティティを得ることのできる時代に感じている可能性とは? ミラ:私がバ美肉に関する修士論文で集めた結果に基づいて答えるしかないのですが、参加者によると、テクノロジー、空間、動き、コンテンツ、ファッションなどの要素を使うことで「可愛いキャラクター=理想のなりたい自分」になって生きているそうです。バ美肉になり、承認、保護、認知の欲求を満たし、可愛いと思われるために、彼らは美少女を取り巻く視覚的要素の共通知識を利用するのです。彼らはバーチャルな美少女として生きる一方で、テクノロジーや美少女のステレオタイプを通じて、オルタナティブな男性像を創造し、これまでの性別概念をぶち壊そうとしています。 ーーまた、それがSNSのいちアイコンなどではなく、メタバースなどで身体性を帯びた表現やリアルタイム性をともなうことで生まれる可能性についてどう考えますか。 ミラ:バーチャルキャラクターになることは、個人にとってさまざまな可能性をもたらしますし、なかには既存の社会文化的な期待を「ハック」する人さえいます。たとえば、バ美肉からは、「もっとわがままになれる」「感情を表現できる」という意見がありました。伝統的な男性的価値観がまだ強く残っていると言われる社会の中で、自分自身の価値観を実現できたのです。 バーチャルな世界での性表現が変化しても、フィジカルな世界ではあまり変化がありません。 しかし、今後「誰もがかわいいバーチャル美少女になれる」から 「誰もがかわいくなれる 」という言説が生まれることを期待したい。こうして、かわいらしさをジェンダーや女性といった記号から切り離すことができるのです。
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