
コロッケ、5億円“ものまねレストラン”を閉店も「芸人スクール開校」レジェンドが語る“これから”
「感慨深いのと、ホッとしたのと、今は両方の気持ちがあって─。自分の中でようやく一区切りついた感じです」 【写真】渾身の“顔芸”を披露するコロッケ コロッケ・プロデュースでかつて話題を呼んだのが、大型エンターテインメント施設『コロッケ ミミックトーキョー』。'16年に麻布十番にオープンし、総工費5億円というスケール感とパフォーマーの豪華顔ぶれで人気を集めた。ただ赤字だったこともあり'19年には六本木へ移転。現在その店はどうなっているのか。聞けば、コロナ禍で'20年に閉店したという。 「もしクラスターでも発生したらと考えると、こんな時期にお客様を呼ぶのはどうなんだろうと思って。僕を目当てに来てくださる方もいるわけで、コロナ禍で人を集めるのはやってはいけない道理。僕のほうから店を閉めようと言いました」 ちょうど芸能生活40周年の節目とも重なり、予定されていた記念公演は軒並み延期や中止に追い込まれた。その数、実に400ステージ以上。 「コロナ禍のあおりは受けたけど、嘆いてばかりもいられない。ここから次に進むとしたら何ができるか考えて……」 心機一転、2021年2月にコロッケ専門店『コロッケのころっ家』をオープン。東京・新小岩の第1号店を皮切りに、関西、東北、九州、沖縄と怒濤の勢いで店を増やし、オープンから2年弱で計40店舗を構えるまでに。これにはコロッケさんも「本当にびっくり。ますます忙しくなりました(笑)」とうれしい悲鳴を上げる。 「お店でイベントもやりたいし、『ころっ家』のグッズも作りたい。ものまねができる人形なんて作ったら面白いかな、みなさん喜んでくださるかな、と今妄想中です(笑)」 芸人の基本姿勢として、まず第一に「みなさんに喜んでいただけるかどうか」を考える。その精神はデビュー当初から大御所といわれる今も変わらず、徹底して守り続けている。 「僕ら芸人はお客様を椅子にもたれさせていてはダメ。身を乗り出して笑ってもらう努力を常にしなければいけない。けれどものまね芸人は芸能界の中でいちばん勘違いしやすいジャンルで、御本人と同じくらい歌えたりすることで、“自分ってスゴくない?”となってしまいがち。そうではなく、ものまねというのはやらせていただいているんですよね。その気持ちが少しでもあればどんな場も全力で盛り上げようとするはずだし、僕自身ずっとそうしてきたつもり」 1980年、19歳のとき『お笑いスター誕生』でデビュー。デフォルメされた唯一無二のものまねで一世を風靡し、1990年代に始まるものまねブームを牽引してきた。ものまね界のレジェンドとして揺るぎない地位を確立し、一時代を築き上げた今、時代の変化を冷静に見つめる。 「今は面白いものまねより、どちらかというとそっくりなものまねのほうが主流になっていますよね。時間がたてばまた世の中も面白いものまねを求めるようになると思うけど……」とコロッケさん。テレビでのパフォーマンス卒業の理由のひとつに、自身の追求する芸とのギャップがあった。 「野口五郎さんの鼻くそネタが今のテレビはコンプライアンス的に差し障りがあるという。じゃあ自分ができるものまねはひとつもなくなってしまう(笑)。だからといって今から芸風を変えるのも変な話だし、コロッケ流のものまねをゴリ押しするのもちょっと違ってきたのかな、というのは肌で感じていたところでした。何でもそうですけど、やはり惜しまれつつ辞めたほうがいい。引き際が良くないとカッコ悪いな、というのが正直な気持ちとしてありました」 今後『ものまねグランプリ』には審査員として携わり、この先「大きなものまね番組でパフォーマンスをすることはない」と宣言。かわりに「どんどん新しいことをやっていけそう」と、舞台やコンサート、SNSに主戦場を移した。 '22年の秋には芸能生活40周年記念公演も無事完走。コロナ禍で2年先延ばしになっていたが、ステージでは新ネタも続々披露し、待ちかねていたファンの期待に応えてみせた。北島三郎や五木ひろしといったおなじみの鉄板ネタから、香川照之やBTSといった最新ネタまで、今やものまねネタの総数500以上。ファンはもちろん、ものまね相手からも愛され、五木ひろし御本人から直々にゲストとしてコンサートに招かれたこともある。 「だからもう誰も止める人がいないんですよね(笑)。北島さんや五木さんが“もういいよ”と許してくださっている。他の歌手の方や御本人のファンにしても、“あのおふたりがそう言うのならもうしょうがない”となっちゃって(笑)」 年明けは新歌舞伎座での座長公演に始まり、ものまねコンサートや明治座公演の出演も控える。多忙な日々が続くが、「こんな時代だからこそ笑顔になれるエンタメを提供したい。やっぱり僕の場所はそこしかないから」と全力で舞台に向かう。その原動力にひとつの思いがあるという。 「“あの時のコロッケのものまねさぁ”と家族みんなで振り返るアルバムの一ページになれたら、という願いがあって。ファンの方から“昔おばあちゃんとコロッケの公演を見に行って一緒に大笑いしたのが大切な思い出になっています”というお手紙をいただき、僕も人の役に立てたんだと感動したことがありました。みんなの笑顔と会話が増えるキーワードになりたい、そのために頑張っている気がします」 今年芸歴42年。若手が次々台頭するなか、今なおトップを走り続ける。はたしてそのゴールはどこにあるのだろう。 「実は70代になったら始めようと思っていることがあって。でも詳しくはまだ秘密(笑)」 ヒントは?と尋ねると─。 「ある目的があって、全国をぷらっと回ろうと考えています。キーワードは“ひとり”。70代になったとき、“それがやりたかったのね!”と答え合わせをしてもらえたら(笑)」 とはいえ現在62歳で、“答え合わせ”まで10年をきっている。ものまねレジェンドの第2章は始まったばかりで、「この先もずっと走り続けていくつもり!」と勢いを増す。 「一区切りついた今、ようやく次に行けるという思いがあって。ここから先は、目いっぱい手広くいろいろなことをやっていきたい。“この次はどんなことをしたらお客様に喜んでいただけるだろう?”と考えていると、やりたいことが次々湧いてきて、気づいたら朝になっていた、なんてこともしょっちゅう。だから毎日楽しいですね。もうずっとわくわくしっぱなしです(笑)」 <取材・文/小野寺悦子>
週刊女性PRIME