
「石丸伸二氏のズラし戦略」にまんまと引っかかった…「蓮舫氏の惨敗」で露呈した立憲民主党の限界
7月7日に投開票された東京都知事選挙では、現職の小池百合子氏が3選を決めた。一方、小池氏の最有力ライバルとされていた蓮舫氏は3位に終わる結果となった。フリージャーナリストの宮原健太さんは「蓮舫氏には『マジョリティーから共感を得る』という選挙において最も大切な視点が抜け落ちていた。聴衆の共感を得ることを極端なまでに徹底して2位に躍進した石丸氏とは対照的だ」という――。 【ランキングを見る】石丸伸二氏の得票率が高い自治体は、3位中央区、2位渋谷区、では1位は? ■蓮舫氏が3位に転落した「2つの理由」 7月7日に投開票された東京都知事選は、現職の小池百合子氏が3選続投を決めた一方で、前安芸高田市長の石丸伸二氏が2位に躍進し、立憲民主党や共産党などが支援した前参院議員の蓮舫氏は3位に転落するという明暗が分かれる結果となった。 なぜ蓮舫氏は支持を広げることができず、石丸氏に無党派層を奪われてしまったのか。 選挙戦を分析すると、蓮舫陣営が想定していた選挙の構図が崩壊してしまったとともに、マジョリティーに訴えかける視点が大きく欠落していたことが伺えた。 今回の都知事選で蓮舫陣営が想定していた構図は明白だった。 出馬会見で蓮舫氏が「自民党の延命に手を貸す小池都政をリセットする」と述べたことからも分かる通り、裏金問題で大逆風の岸田政権と小池氏を一体として捉え、国政の与野党対決に持ち込むことで選挙戦を有利に進めようとしたのだ。 実際、直近の選挙では4月の衆院補欠選挙で東京15区、島根1区、長崎3区の3選挙区すべてにおいて立憲が擁立した候補が当選。 また、5月に行われた静岡県知事選で立憲が推薦した候補も、自民が推薦した候補に勝利を収めている。 ■「与野党対決」から「既存政党vs.新興勢力」へ 「今の自民党に対する逆風はすさまじい。その風を味方につけることができれば都知事選でも勝利できる」(立憲関係者)と、満を持して蓮舫氏を担ぎ上げた立憲だが、その想定は選挙戦の中盤から終盤にかけて崩れ去ることとなる。 ネットでの知名度が高かった石丸氏が1日10カ所以上で街頭演説を繰り広げるなどして徐々に注目度を上げていくと、選挙戦は「国政の与野党対決」から、「小池氏や蓮舫氏のような既存政党の政治家に挑んでいく、新興勢力の石丸氏」という構図に変わっていった。 こうした中で、現在の政治に不満を持つ人たちの受け皿に石丸氏がなっていき、蓮舫氏は支持が伸び悩んでしまったわけだ。 両者の明暗は、都知事選における票の動きからも分析することができる。 まず、マスコミ各社の出口調査では、無党派層において石丸氏に投票した人が、蓮舫氏に投票した人を上回っており、特に若年層において石丸氏が支持を伸ばしたことが伺える。 また、石丸氏の得票率が高かった地域を上から順に並べると世田谷区(28.1%)、渋谷区(27.6%)、中央区(27.5%)、品川区(27.3%)、目黒区(27.3%)などと都心区が含まれるのに対して、蓮舫氏は武蔵野市(23.3%)、国立市(22.7%)、多摩市(22.4%)、小金井市(22.2%)、杉並区(22.0%)など、菅直人氏や長妻昭氏などの立憲議員を輩出している地域が中心で、もともとの支持層からの広がりを欠いていることが分かる。 しかも、これら蓮舫氏の上位の地域でも多摩市と小金井市以外では石丸氏に得票率で負けており、その苦戦の度合いはすさまじい。 また、蓮舫氏がここまで惨敗してしまった原因は、構図作りに失敗したからだけではない。 選挙戦での演説の内容からも、支持が低迷してしまった理由が伺えるのだ。 ■蓮舫氏が「マイク納め」で訴えたこと 蓮舫氏が6日夜に新宿区で行った最後の演説、いわゆるマイク納めでは、聴衆に対して主に以下のような政策を順番に訴えかけた。 ---------- ・自身の子育て経験を語りながら「子育て支援は産めよ増やせよではなく、孤独、不安に寄り添うこと」が重要だと説いたうえで、「結婚しないという選択や、同性パートナーと暮らすという決断、選択的夫婦別姓が実現するまで婚姻届を出さない男女カップルの判断や、1人で子供を育てるという決断、そのどれをも尊重する誰も排除しないダイバーシティーの東京を作り上げたい」 ・「プロジェクションマッピングの2年間関連予算48億円」をやめて、「子どもを3人以上育てている人、住民税非課税世帯の人たちへの月2万円の家賃補助」に振り分ける。 ・「水道料金未納の人の自宅に検針員が訪ねて確認するのを2年前から突然やめて郵便に変わった」のを「丁寧な対応」に戻し、「福祉部局につないでその人たちを底上げする」 ・「東京都と公契約を結びたい企業に、若い人たちの待遇を改善しなければ手を挙げられないようにする」ことによって、若者の経済を活性化する。 ・「保育や教育、医療、介護などの分野で働いている若い子の奨学金返済を東京都が支援する」ことで若者の雇用を安定させるとともに、医療や介護などの「持続可能性を東京都が牽引する」 ---------- ■「マジョリティーから共感を得る」という視点 このように並べると、演説前半はLGBTなどの性的少数者に対する視点や、住民税非課税世帯、水道料金未納者などの超貧困層への対応に重点が置かれていることが分かる。 もちろん、こうしたマイノリティーに対する政策は重要だ。個々人がそれぞれ尊重され、いざとなった際のセーフティーネットが用意されていることによって、人々は安心して経済活動や社会的営みができるようになるからだ。 しかし、それを踏まえてもマイノリティーへの政策に重点が置かれすぎてしまい、マジョリティーへの訴えかけが弱くなってしまったのではないかと感じる。 演説後半では若者の待遇改善や奨学金返済について述べているため、せめてこの話を演説前半に持っていき、若者の経済を活性化させることをまずは重点的に述べ、その後に子育てなどの話につなげていったほうが、まだ大衆に訴えかける演説になったのではないかと思えてならない。 個々の人権や困窮者への経済支援を大切にするのはリベラル勢ならではの重要な視点だが、その少数者に当てはまらない人にとっては響きにくい政策でもある。 どんなに崇高な理念を掲げても、多数から支持されなければ選挙に勝つことは難しい。 蓮舫氏の政策や演説が支持拡大につながらなかったのは、マジョリティーから共感を得るという選挙において最も大切な視点が抜け落ちてしまったからではないだろうか。 ■石丸氏の演説は、まるで「アイドルのライブ」 一方、東京駅前で行われた石丸氏のマイク納めは政治家としては非常に異質なものだった。 なぜなら、都政の具体的な政策についてまったく語らなかったからだ。 石丸氏は最初に選挙戦で応援してくれた人々への感謝を述べ、銀行に入行して初めて東京駅を訪れた際の思い出、お世話になった上司とのやりとり、ニューヨークなどの海外で仕事をしてきた経歴について語り、安芸高田市の市長になる決断をしたことについて振り返った。 そして、最後に「私たちは変われるし変えられるんだと全員で東京を動かして、そして日本を動かしてみせましょう。全国民の期待に、そして次世代の期待に応える、かっこいい大人の姿を見せつけましょう」と述べて演説を締めくくっている。 筆者はこの演説を聴いた際、選挙戦における候補者の訴えというよりも、まるでアイドルのライブにおける挨拶のような内容だと感じた。 もちろん、石丸氏にも「東京都が担う給食費の無償化」などの具体的な政策はあるのだが、そういった細かい内容を訴えかけることはせず、聴衆の共感を得ることに全精力を注いだ演説だったと言えるだろう。 選挙演説としては蓮舫氏のほうが一般的であるが、石丸氏のほうが無党派層を中心に幅広く浸透したことは選挙結果が示している。 ■「石丸構文」としてネタ化された理由 政治不信がはびこる今の日本では、細かい政策よりも、いかに「政治を変えてくれる」と人々の共感を得るような演説ができるかこそが重要になっていると言えるだろう。 もちろん、石丸氏の手法には危うさもある。 共感で集めた支持は、対応をひとつ誤れば一転反感にもつながりやすいからだ。 選挙後には、石丸氏による開票番組への取材対応が「石丸構文」としてネタ化されてしまったが、これは石丸氏が共感によって多くの支持を得ていただけに、取材へのぶっきらぼうな対応の仕方が一気に反感を買ってしまった結果だとも考えられる。 ある意味、人の感性や感情の移ろいやすさを示しているとも言えるだろう。 また、このような政治手法は「劇場型」や「ポピュリズム」だと批判されることも多い。 ただし、程度の差こそあれ、選挙において多くの人から興味関心を引き、その心にいかに自分のメッセージを届けるかはすべての候補者が考えなければならないことでもある。 いかにマジョリティーに訴えかけるか、多くの人から共感を得るか、その視点が蓮舫氏には足りておらず、逆に石丸氏は極端なまでに徹底した、それが今回の結果を生み出したと言えるだろう。 ■岐路に立つ立憲民主党が問われていること 今回の選挙結果を受けて、蓮舫氏を支援した立憲民主党は岐路に立たされている。 きたる衆院選で支持を集めるためには、古臭い既存政党色から脱して、多くの人に共感が得られるような政策、あるいはキャッチフレーズなどを掲げる必要があるだろう。 そうした中、すでに立憲内では代表交代論が浮上している。 例えば、最重鎮の小沢一郎衆院議員は9日、記者団に「泉代表では沈没じゃないか」と述べて、9月に実施される予定の代表選に向けて候補者を擁立する姿勢を見せた。 しかし、小沢氏のような「昔の顔」が立憲の代表選に大きく絡んでくることになれば、それこそ既存政党色が強まり、ますます支持層の離反を招くことになるだろう。 実際に代表が代わるかどうかは別にして、若手や中堅議員を中心に党内で新しいムーブメントを起こすことが求められているのは間違いない。 今回の都知事選で石丸氏と蓮舫氏が対比される中でついてしまった既存政党色や、内輪受けを彷彿とさせるような政策や選挙運動の雰囲気を脱して、改めて支持を広げていくことができるかが、まさにこれからの立憲は問われていると言える。 いかにマジョリティーに浸透するか。 それはもちろん、マイノリティーを切り捨てろということではない。 聴衆に訴えかける内容やその演説の仕方、バランスや緩急によっていくらでも工夫ができることだ。 東京都知事選ではその違いが如実に結果に表れた。 だからこそ学ぶべきことが多かった選挙戦であったはずだ。 国民の政治不信が高まる中だからこそ、その心をどのように掴んでいくか。 それが、これからの選挙で各候補者に問われることになるだろう。 ---------- 宮原 健太(みやはら・けんた) ジャーナリスト 1992年生まれ。2015年に東京大学を卒業し、毎日新聞社に入社。宮崎、福岡で事件記者をした後、政治部で官邸や国会、政党や省庁などを取材。自民党の安倍晋三首相や立憲民主党の枝野幸男代表の番記者などを務めた。2023年に独立してフリーで活動。YouTubeチャンネル「記者VTuberブンヤ新太」ではバーチャルYouTuberとしてニュースに関する配信もしている。取材過程に参加してもらうオンラインサロンのような新しい報道を実践している。 ----------
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