
“日本語脚本”の仕事とは?「パウパト」担当の赤尾でこインタビュー
現在公開中の映画「パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー」で、“日本語脚本”を担当している赤尾でこ。2023年4月に封切られ大ヒットを記録した映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」では、劇団・ヨーロッパ企画の上田誠が日本語版脚本を手がけており、それが作品において重要な役割を担うことは想像に難くない。では、日本語脚本とはどんな仕事なのか? 赤尾に聞いてみた。 【画像】「パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー」より、仲間由紀恵が声を当てるヴィクトリア 取材 / はるのおと 文 / 小澤康平 撮影 / 小川遼 ■ ピニャータ割りの面白さをどう伝えるか ──赤尾さんは現在公開中の映画「パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー」をはじめ、テレビ・劇場版の「パウ・パトロール」シリーズで“日本語脚本”を担当されています。今回のインタビューでは「日本語脚本とはどんな仕事なのか?」を聞いていきたいのですが、日本語翻訳とは全然違った仕事なんでしょうか? 「パウ」の場合、脚本の翻訳は日本映像翻訳アカデミーという学校の方々にやっていただいていて、まず彼らがほぼ直訳で英語を日本語にしてくれるんです。私はそれをもとにして、日本の観客に魅力を伝えられるように、面白がってもらえるように脚本を直していきます。オリジナルの脚本をローカライズしていく作業と言い換えられると思います。 ──どんなふうにローカライズしていくんですか? 「パウ」では、日本でなじみのない海外イベントがエピソードの題材になることがたびたびあります。ハロウィンみたいに浸透してるものならいいんですが、例えば過去には、メキシコなどのお祭りで行われるピニャータ割りがテーマになっていたことがあって。カラフルな紙で作った型の中にお菓子を詰めて、天井から吊るしたそれを子供たちがたたき割るという行事なんですが、日本の子供たちの多くが体験したことのないイベントの面白さをどのように伝えるのかという。 ──映像やストーリーは変えることができないという制限がある中で。 はい。なかなか大変ですが、それが面白いところでもあります。日本の子供たちにはまずピニャータ割りが何かを伝える必要があるので、英語版で「今日はこういうイベントだよ、楽しもうぜ」みたいなセリフを言っているところにピニャータの説明を詳しめに入れたり。話数が積み重なってきて、最近は「ご存知あのイベント!」みたいにオリジナル版で説明がないこともあるので、全然違うセリフを話しているところにイベントの解説を入れることもあります。 ──ジョークを言っているところに説明ゼリフを入れるとか? そうです。変えた部分のあとの展開含め、違和感なく調整していく必要があるので、実はもとの脚本からけっこうセリフを変えています。日本映像翻訳アカデミーの方とはまだお会いしたことがないんですが、だんだん心が近付いてきたのか、「このキャラクターだったらこういう感じでしょ?」という翻訳を入れ込んできてくれることがあったり、最近は一緒に高みを目指している感じになっています。シナリオ会議のときにみんなで翻訳を見て、「今回ちょっと攻めてきたよね」とわいわい話したりしてますね。 ■ 「盗む」は「取る」、「悪いこと」は「いたずら」「トラブル」に ──シリーズに出てくるチーム「パウ・パトロール」の決めゼリフは「パウっと解決!」で、「パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー」にも「マイティパワー、どどんと大盛り」など、子供たちが口に出したくなるようなセリフがたくさん出てきました。こういう言葉はご自身からどんどん生まれてくるんですか? それとも苦慮しながら作ってるんですか? ……どんどん出てくるんです。寝て起きたら思い付いたりとか。 ──天才型なんですかね。 (にんまりしながら)えー天才? 天才って書いておいてくださいね(笑)。それは冗談として、オリジナル版では子犬たちが鳴くんですが、彼らはチーム「パウ・パトロール」という存在なので、日本版では「ワンワン」と言うのはやめようと最初に決めたんです。「パウっと」というフレーズは鳴き声を何に置き換えるかという思考の中で出てきた言葉です。 ──「『パウっと』ってなんだよ」とツッコまれる可能性もあったと思うんですが、そこは恐れずに。 「パウ」のシナリオ会議って、控えめな脚本を書いていくと「ちょっと違うかも?」「もっと欲しいな」となることが多くて(笑)。「パウ・パトロール ザ・マイティ・ムービー」の敵役であるヴィクトリアも癖の強いキャラクターとして書きましたし、話し合いの中で「これはやりすぎかもしれないね」という結論になったら、そこから調整していく感じですね。 ──子供たちを楽しませるようなセリフを考えるうえでは、どのようなことを意識されてるんですか? わかりやすいダジャレは好まれるので、「レモンの入れもん」とか「ふとんが吹っ飛んだ」みたいな言葉は入れられそうなところに組み込んでます。あとはなるべくかっこつけないということですね。大人は知識があるので言外の部分も読み取って笑ってくれるんですが、子供たちはそうではないので、例えば「スコップ」と「シャベル」はどちらの言葉を使ったほうがいいか、子供たちに身近な表現はどちらだろうかと細かく考えるようにしています。ちょっとした音の響きの違いに、笑ってくれるかどうかが懸かっていたりするので。 ──赤尾さんはそういう感覚をどこで身に付けられたんでしょうか? 前に「プリキュア」シリーズの脚本を書いていたとき、子供たちに対する作品の届け方をすごく考えていたので、それが生きているのかもしれません。自分の子供を見ていて、「ぱぴぷぺぽ」と言っただけで笑うんだとか、生活からヒントを得ていることもあります。子供向けのアニメ「プリティーリズム・オーロラドリーム」のシリーズ構成をしたときは私自身が出産のタイミングで、病院で脚本を書いたりしていたんですけど(笑)。年間行事を大事にする女の子を主人公にしましたね。 ──ああ、なるほど。だから主人公の春音あいらがイースターのイベントなどをしていたんですね。 イースターなんて当時あまり知られてなかったのに。あの頃は子供たちに「世界にはいろんな楽しいことがあるんだよ」と教えたい欲がすごく強かったんです。 ──その影響か、赤尾さんが離れたあともシリーズを通じてイースターが扱われることになって。 そうそう。結局流行らないままだったけど(笑)。 ──やらないと決めていることもありますか? たくさんあります。前足、後ろ足という“犬感”のある単語は使わないとか、「盗む」は「取る」、「悪いこと」は「いたずら」「トラブル」に置き換えるとか。英語版を直訳すると「嫌いな子犬」みたいになるセリフは「邪魔なパウ・パトロール」といった言葉に置き換えています。 下ネタも入れないですし、刺激的な表現を使わずに子供たちに楽しんでもらうというのは「パウ」の脚本を書くときの前提かもしれません。 ■ キャラになりきって、ずっと1人で読んでる ──完成した映像が存在する状態で脚本を書くので、仮にキャッチーなセリフが思い付いたとしても、キャラクターの口の動きや尺に合わないと使うことはできないですよね? そうなんです! そこが難しいところで。そもそも私が「パウ」で日本語脚本のお仕事をするようになったきっかけは、ある会社のビルを歩いていたら知り合いに「赤尾さんにぴったりの仕事があって」と話しかけられたことなんですが、そのときに「会議で映像を流しながら、まずはご自身でアフレコのように演技をしてもらうことになるんですが、そういうのは耐えられますか?」と聞かれました(笑)。どういうことかと言うと、どんなにいいセリフを書いてきたとしても映像のパク(アニメの口パク)や尺に合わないと使えないので、会議で声と映像を合わせてみてセリフがはまるかを確認する必要があるんです。なんとなくその様子を想像してみて、「耐えられます!」と返事をしたのが始まりで。 ──赤尾さん自身がセリフをしゃべって映像と合うかを確認する作業は、テレビシリーズの最初から現在まで続いているんですか? ずっとやってます。たぶん英語版のライターさんってたくさんいて、エピソードによってテンポが違っていることもありますし、「このキャラクターこんなこと言ってた?」みたいなこともあるので、シナリオ会議で毎回パクと尺を確認しないと成立させられないんです。 ──全キャラクターを1人で演じるんですか? そうなんです。キャラになりきって、ずっと1人で読んでる(笑)。シナリオ会議に参加してる皆さんに映像とセリフが合っているかを確認してもらいながら、「ここはちょっと変えたほうがいいな」とチェックしていって、1本分読み終わったあとに頭から直していきます。 ──改稿していったセリフがまた映像と合わないってこともありますよね? それがあるので、シナリオ会議である程度セリフを固めることは多いです。パクと尺から外れないように80%くらいは決めておいて、2稿執筆に進むっていう流れですね。シリーズを通してニュアンスを合わせるためにも、自分が担当していない回の会議にも参加するようにしていて、毎回ライター全員でチェックしています。 ■ 「お母さんとお父さんも一緒のものが好きなんだ」と思ってもらえたら最高 ──テレビシリーズと映画版で作業の違いはありますか? 進め方は基本一緒なんですが、映画には大人っぽいセリフを多めに入れるようにしています。子供たちには理解できない箇所があったとしても、一緒に観た親が「面白かったね」と笑顔になったり、「あそこのセリフ、すごくよかったよね」と話したりしていたら、「お母さんとお父さんも一緒のものが好きなんだ」って思ってもらえるじゃないですか。それって最高だと思うので、大人たちに刺さるようにもしています。 ──ああ、それは最高ですね。 だからと言ってテレビシリーズでは難しい言葉を使わないわけではなくて、以前「窓のサッシ」に別の言い方があるかを会議で話し合ったことがあるんです。結論、サッシはサッシだなって。両親に「サッシってなあに?」と聞いてもらって、おうちの中で会話が生まれればいいと思うので、変に「窓の端っこ」みたいな言い方をするのはやめましょうとなりました。近くに大人がいない場合は、図鑑などで調べることもできますし。 ──今回の映画の日本語脚本に、本国カナダの監修が入ったりはしましたか? チェックはしてると思うんですけど何か言われることはなかったので、この作品に関しては許してくれてるのかなと。おそらくテレビシリーズも。けっこう変えているので、そうじゃないと成立していないと思うんです。日本の子供たちに向けてるというのを理解してくれているように感じます。 ──普通だったら逆翻訳して「オリジナルではこんなこと言ってない」となることがあると思うので、特別なパターンかもしれないですね。今日お話を伺って、ただ翻訳するだけとは到底言えない作業であることもわかりました。 話が成り立っているかを気にする人、セリフのリズムを気にする人、パクや尺に合っているかを気にする人。いろんなスタッフがいて、みんなで助け合いながらいいバランスで作ることができています。 ──それは子供たちに楽しんでほしいという思いからですよね。 すぐに飽きちゃうので子供たちは。面白くないってちょっとでも感じたら、もう観なくなってしまう。これからも油断せず、子供たちにガツンと刺さるような脚本を書いていければいいと思っています。 ■ 赤尾でこ(アカオデコ)プロフィール 1977年生まれ、福岡県出身。脚本家・放送作家。アニメのシリーズ構成も多数手がけており、2024年には「佐々木とピーちゃん」「結婚指輪物語」「外科医エリーゼ」「異世界でもふもふなでなでするためにがんばってます。」「Unnamed Memory」「VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた」の放送を控える。 (c)2023 Paramount Pictures. 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映画ナタリー