進化し続ける「2.5次元舞台」 5つの特徴と魅力とは?
2022年07月06日 18:07
進化し続ける「2.5次元舞台」 5つの特徴と魅力とは?

古くは紀元前にも遡る舞台演劇の世界。「伝統芸能」ともいえる演劇の世界は今、急激な技術革新とさまざまな社会情勢を受け、変革の一途をたどっている。「変わる演劇、変わる舞台」をテーマに舞台演劇の最新事情をひもとく本連載。第1回は漫画・アニメーション・ゲームを原作とした演劇で興行的に成功してきた「2.5次元舞台」の世界について、横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院教授の須川亜紀子氏に話を伺った。 【関連画像】須川亜紀子(すがわ・あきこ)氏。横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院建築都市文化専攻都市文化系教授、日本アニメーション学会会長。2012年、英ウォーリック大学大学院映画・テレビ学部博士課程修了(Ph.D.)。ポピュラー文化研究・ジェンダー研究・2.5次元文化研究などを手掛ける。著書に『2.5次元文化論 舞台・キャラクター・ファンダム』(青弓社)、『少女と魔法――ガールヒーローはいかに受容されたのか』(NTT出版)ほか多数(写真:鈴木愛子) ●2次元でも3次元でもない、2.5次元舞台ならではの魅力  「2.5次元舞台」や「2.5次元ミュージカル」と呼ばれるものは、日本2.5次元ミュージカル協会の定義によると「日本の2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの総称」とされている。  この2.5次元舞台が大きく知名度を上げたのは、2003年に舞台化された週刊少年ジャンプの人気漫画『テニスの王子様』のミュージカル(通称テニミュ)だろう。今年で20周年を迎えたこのミュージカルはいまだ人気が衰えず、熱狂的なファンも多い。  2.5次元舞台は、「2次元作品の舞台化」が一つの基本的な要素だが、漫画・アニメ・ゲーム原作の演劇が必ずしも2.5次元舞台と呼ばれているわけではない。演劇文化のほか、ACG文化と呼ばれる「アニメ・漫画(コミック)・ゲーム」の文化や、アイドル文化が融合されているのが特徴だ。  ポピュラー文化やファン文化の研究で知られ、『2.5次元文化論 舞台・キャラクター・ファンダム』(青弓社)の著者でもある横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院の須川亜紀子教授は、2.5次元舞台の特徴について次のように述べる。  「2.5次元舞台の定義についてはさまざまな解釈がありますが、ファンの人たちが考える2.5次元舞台の特徴は次の5つです。まずは漫画・アニメ・ゲームを原作とした3次元の舞台であること、キャラクターや世界観の再現性が高いこと、そしてグッズの展開があること、さらにファンの関与があること、最後に俳優さんが役者だけではなくアイドル的な活動を広く行っていることです。この5つが重なったところが2.5次元舞台である、とファンの人たちは考えています」(須川教授) 2.5次元舞台の定義 日本の2次元の漫画・アニメ・ゲームを原作とする3次元の舞台コンテンツの総称 2.5次元舞台の特徴 ①漫画・アニメ・ゲームを原作とした3次元の舞台である ②キャラクターや世界観の再現性が高い ③グッズの展開がある ④ファンの関与がある ⑤俳優がアイドル的な活動をしている  5つの特徴をそれぞれ見ていこう。 ①漫画・アニメ・ゲームを原作とした3次元の舞台である  2.5次元舞台の魅力は、まさに2次元でも3次元でもない点にあるといえる。キャラクターないしは俳優という、「自分の推し」が「そこにいる」点が特徴だ。虚構のキャラクターを3次元の人間が演じることによって、会いに行けたり、触れ合ったりできる。  難解でシリアスな演劇に比べると、2.5次元舞台のストーリーラインは明快で分かりやすく、気軽に見に行くことができる演劇になっている。また、ミュージカルであれば楽曲を集めたコンサートイベントが開かれたり、運動をテーマにした作品であれば実際に運動会が開催されたりすることもある。「原作」を「公式」が2次創作しているような雰囲気があるのも、2.5次元舞台ならではといえる。 ②キャラクターや世界観の再現性が高い  原作が漫画やアニメと聞くと『ベルサイユのばら』などを舞台化している宝塚歌劇を思い浮かべる人もいると思われるが、「宝塚とは大きな違いがある」と須川教授は指摘する。  「宝塚はスターが前面に出てきます。原作を基にしつつもスターに当て書きをしたり、スターを立たせるために少し原作の設定を変えたりする演出を施すのが通例です。一方、2.5次元は、どちらかというとキャラクターに重点を置き、俳優がキャラクターや世界観に自分自身を寄せていくという文化がある。そういったベクトルの違いが明確に存在していると思います」(須川教授)  2.5次元舞台では「キャラクターはよく知られているが、俳優の名前はよく知らない」ということもよくある。そもそもオーディションの段階で、登場キャラクターに性格や雰囲気が似ている人物を抜てきする傾向もあり、俳優自身もSNS(交流サイト)などの投稿を通じてキャラクターになりきった演出をし、再現性を高めている。  実際、2.5次元舞台では出演俳優を「キャスト」と呼ぶ。テーマパークのスタッフに見られるこの呼称からも、2.5次元舞台の特性を知ることができる。 ③グッズの展開がある  グッズの展開があるのも一つの特徴だ。近年はキャラクターに扮した俳優のアクリルスタンドなどがグッズ販売の主流で、キャラクターそのものでも俳優そのものでもないという、まさに2.5次元のグッズが展開されている。 ④ファンの関与がある  グッズ販売のほかにも、アイドル文化にある「育成」という要素が、2.5次元舞台では重要なカギを担う。  近年、宝塚歌劇はもとより、歌舞伎などにおいても漫画やアニメ、ゲーム原作の作品は増加傾向にあるが、それらを舞台で演じる役者は、熟練したプロフェッショナルばかりで、緊張でせりふを飛ばしたり、音を外したりすることはほとんどない。  ところが2.5次元舞台では、俳優としての経験やスキルが足りない「駆け出しの俳優」が起用されることが少なくない。そんな俳優たちも、公演を重ねるごとに技術を磨き、舞台に慣れ、成長していく。  そうした姿に、ファンは心をつかまれる。俳優たちの親にでもなったような気持ちで「頑張る姿を応援したい」というファンが、たくさん生まれている。  2.5次元舞台で扱う作品は若いキャラクターが活躍する物語が多いため、俳優も10代を含めて若手起用が目立つ。彼ら彼女らは、次第に熟練して、名が知られるにつれて年齢も上がり、スター俳優に近づいていく。ある時期が来ると、この舞台から卒業してしまう――。そんな刹那的なはかなさも、ファンを魅了している。 ⑤俳優がアイドル的な活動をしている  前述の通り、2.5次元舞台には「アイドル文化」も含まれるが、国民的な人気アイドルと2.5次元舞台を中心に活躍する俳優たち(2.5次元俳優)との違いは、「距離の近さ」にある。2.5次元俳優は、バースデーイベントや合宿、バスツアーといった形で、ファンとの交流を図ることが少なくない。観劇だけでなく、「距離の近い」アイドル的な活動に参加できるのも、2.5次元舞台ならではだ。  では、こうした2.5次元舞台はいつ頃から始まったのか。  「演劇文化、ACG文化、アイドル文化が入っていたという意味で、当時の人気アイドルグループ・SMAPが1991年に上演した『バンダイスーパーミュージカル 聖闘士星矢』が一つの原点ではないかと考えています。一方、2.5次元舞台のエポックメイキングといえるのは『サクラ大戦 歌謡ショウ』だったと思います」(須川教授)  「サクラ大戦」は1996年、家庭用ゲーム機「セガサターン」用に発売されたゲームで、蒸気技術が発達した架空の日本を舞台に、大帝国劇場のスターである若き少女たち「帝国歌劇団」の活躍を描く物語である。キャラクターたちがとても魅力的で、耳に残る主題歌も人気になった。  この作品が先進的だったのは、舞台化を見据えてゲームを作ったこと。それまでのゲームやアニメ原作の舞台は、原作の声優と舞台のキャストが違っていたが、「知っている声と違う」というファンからの不満の声も出ていた。そこで「サクラ大戦」では、ゲームを作る段階から舞台化も想定し、「舞台でも演じられる声優」をキャスティングした。  『サクラ大戦 歌謡ショウ』は、歌ありスキット(寸劇)ありのショーからスタートしたが、回を重ねるごとに進化を遂げ、キャラクターたちの日常を描く演劇パートと劇中劇を披露するパートの2部構成になり、ロングランヒットを続けた。  この大成功を皮切りに、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、『美少女戦士セーラームーン』や『HUNTER×HUNTER』といった人気漫画が、相次いで舞台化されるようになっていった。 ●ファンの体験も複雑化・多様化している  最近では映像テクニックの進化により、VTuber(2次元や3次元のアバターを利用して活動するYouTuber)やバーチャルアイドル(実在しない架空のアイドル)などが活躍する時代になっている。「ハイブリッドリアリティー(現実とバーチャルを融合させた世界)」とも呼ばれるこのような世界が常態化していくにつれ、コンテンツそのものだけでなく、ファンの体験も複雑化・多様化してきているといえる。  新しい舞台の形としての2.5次元舞台は、伝統芸能のジャンルにも影響を与えている。「垣根が高いと思われがちな歌舞伎の世界を若い人にも感じてほしい」との思いから2015年には、人気海賊漫画の『ONE PIECE』を原作とする歌舞伎『スーパー歌舞伎II ワンピース』が生まれた。  さらに、ボーカロイド・初音ミクが歌舞伎役者とコラボする『超歌舞伎』、ゲームのキャラクターがホログラムで登場するコンサートなど、実態のないキャラクターと実在の人間とのコラボレーションも増えている。  コラボレーションが進んでいるのは作品だけではない。ミュージカル版『テニスの王子様』の振付師が宝塚歌劇の振り付けを担当したり、宝塚歌劇出身の俳優が2.5次元舞台である『セーラームーン』や『NARUTO』に出演したりするなど、制作陣やキャストの交流も進んでいる。新型コロナウイルス禍においても興行成績は上々で、「人が入っているのは2.5次元ぐらい」との声が関係者から聞かれるほどのにぎわいを見せている。  なぜここまで2.5次元舞台は人気なのか。それは、ファン同士の「絆の強さ」も関係しているように思える。  例えば、2.5次元舞台における特有の言い回しに、「ストレート」という言葉がある。これは本来、演劇の世界では「せりふ劇」を意味し、音楽劇、いわゆるミュージカルと区別する意味合いで使われるが、2.5次元舞台のファンは「2.5次元以外の舞台」を「ストレート」と呼んでいる。「自分の推しがストレートに出た!」というように使われているのだ。  これはファン自身が、自分たちをマイノリティー(少数派)と自認しているからではないか。須川教授もこうした現象に興味を示している。  「これだけACG文化が普及してもなお、大人がアニメや漫画、ゲームを楽しんでいることに一種の後ろめたさを感じる人がいます。会社の同僚に、『自分の趣味は2.5次元舞台です』と公言できない人もいると聞きます」(須川教授)  マイノリティーであるからこそ、価値観を共有できる仲間の存在は大きい。今はネット上に自身のこだわりや解釈を共有する場があり、リアルの場でもファン同士の交流がなされ、グッズ交換も盛んに行われている。こうしたファンの存在も、2.5次元舞台の盛況を支える一因となっている。

日経ビジネス

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