​​「切り抜き動画」は新規ファン獲得に必須 成功の秘訣は流通サイクル
2022年06月16日 09:06
​​「切り抜き動画」は新規ファン獲得に必須 成功の秘訣は流通サイクル

2022年の流行語として各所で注目を集めたのが「タイパ(タイムパフォーマンスの略)」である。際限なく増え続ける情報流通量に対して、私たちの可処分時間は有限なので、必然的に時間対効果を求めてしまうというわけだ。もちろん、このタイパは費用対効果を意味するコスパからの着想による言葉だ。   では、タイパが良いとはどういうことか。このテーマひとつで大量に考察を重ねることができるが、単純化すると「面白い箇所、有用な箇所がすぐわかる」ということだ。  ■タイパ派が支持 ショート動画はタイパが良いといわれるが、それはテーマの提示から結論(オチ)まですぐ到達するようなプロットのもと、制作されているためである。ショート動画クリエイターは、つまらないシーンを1秒でも挟んでしまえば、そこでスワイプ(離脱)されてしまうことを熟知している。   そのように、もともとタイパが良くなるように作られている動画に加えて、いまショート動画プラットフォームで頻繁に見られるのが、長尺の動画の面白い箇所だけをつまんだ「切り抜き動画」だ。著作権に引っ掛かることをいとわず、テレビ番組等を無断で切り抜いているものも一部存在するため、その適性度合いについては別途議論が必要だ。ただ、ここでの文脈に照らすと、長い時間をかけて見るものが短時間で済むとなれば、よりタイパが改善されていると評価することができるだろう。   また、切り抜き動画が隆盛しているのは、ゼロから動画をつくることができない人でも発信できるためでもある。「つくる」よりも「えらぶ」方が、ハードルは低い。誰もが切り抜き動画の発信者になれること、さらに受け手にとってもタイパが良いことによって、視聴数・視聴完了率が上がり、アルゴリズムによってより一層レコメンドされる。もちろん、当該コンテンツの著作者自身が切り抜き動画を作成し拡散すること自体は何ら問題はなく、非常に有益なプロモーション手法である。   つまり、ショート動画領域の主柱のひとつは、間違いなく切り抜き動画なのだ。 ■切り抜き動画で新規ファン獲得が有利に 企業やブランドのショート動画活用の動きも広がってきている。その中で切り抜き動画に絞ると、やはり元となるコンテンツを持っているところほど目立った取り組みをしているようだ。   例えば、2022年大ヒットしたドラマ「silent」は公式TikTokで、番組ハイライトを切り抜き動画のかたちで発信した。また人気バラエティ「突然ですが占ってもいいですか?」も、番組の見どころをTikTokらしいトンマナで切り抜き動画を公式アカウントから発信。それらが導線となったことで、どちらも見逃し配信サービス「TVer」で記録的な再生回数を獲得した。   ドワンゴとKADOKAWAは、アニメ「邪神ちゃんドロップキックX」の二次創作ガイドラインを公開。切り抜き動画や解説・考察動画を公認したうえで、その動画収益をクリエイターと製作委員会とで分配する仕組みとした。2000年代から続く、オタク的な二次創作カルチャーとの親和性を汲んだ打ち手と言えるだろう。   その他、企業の取り組みとしては、TikTok等でライブ配信をした後、そのハイライトを切り抜き動画にして、コスパ良く上手に活用する取り組みも増えてきた。   このようなコンテンツ事業者の視点に加えて、いまは個人でも人気を獲得するうえで切り抜き動画が欠かせなくなっている。   2016年以降、VTuber業界の黎明期をけん引したのは、キズナアイ等に代表される「VTuber四天王」で、つくりこまれた中尺の動画を特徴としていた。一方で、2020年頃から勢力を増していった事務所に所属する個人VTuberが得意としたのが、ライブ配信&切り抜き動画である。エンゲージメントの高いファンが配信に参加し、その中で面白かったシーンを切り抜き動画として発信したことで、新しいファンの獲得につながっていった。いわば、推し活としての切り抜き動画である。   またひろゆき氏や成田悠輔氏のように、近年クローズアップされることの多い著名言論人が有名性を獲得するに際しても、切り抜き動画が大きく寄与していたのは間違いない。   切り抜き動画によって新規ファンが生まれ、ファンが増えるとさまざまなイベントや番組に呼ばれ、さらに切り抜き動画が流通し……というサイクルが回っていく。いまや切り抜かれなければ勝負の俎上に上がれないのだ。 ■ファンダムでの/からの流通を促進  切り抜き動画はタイパの良いコンテンツフォーマットであることにとどまらず、いままで触れてきたように、ファンやフォロワーによる推し活の実践という一面が含まれる。   ファンたちが形成するコミュニティをファンダムと呼ぶが、それに則るならば、「ファンダムでの/ファンダムからの流通」こそが切り抜き動画の性質をあらわすポイントに他ならない。「ファンダムでの流通」がファンによる結束を高め、「ファンダムからの流通」が新規ファン獲得に結び付くというわけだ。   ファンが切り抜き動画で二次拡散、三次拡散してくれるかどうかが、令和の時代の新規ファン獲得のためには欠かせない。そして、ユーザーが発信してくれるかどうかが、企業・ブランド・インフルエンサーの発信だけでは届かない場所にまで到達させるうえで重要な意味を持つ。   すでに私たちの情報環境は動画メインの時代に移行したといえるが、そのことによって、バズのありかたも切り抜き動画主導になったという変化を捉えなければならない。 ■生成AIによるファンマーケ 最後のトピックスとして、筆者がいま注目している「生成AI」のテーマとの接続性について考えよう。生成AIについてはすでに多様な議論や解説が世の中に出回っている。そこで本記事では、それがアーティストとファンの関係性にどんな影響を及ぼすのかに注目したいと思う。   最近話題を集めたのが、特定人物の音声生成AIを活用した、著名アーティストによる「架空カラオケ」だ。特に筆者が感嘆したのが、現代最高峰のラッパーの一人、Drake(ドレイク)が、デビュー直後にグローバルで人気を獲得した新星K-POPアイドルNew Jeansの「OMG」を歌ったもの。この組み合わせ自体が、現実的にはほぼ望みえないもので、それが生成AIによるフェイクとはいえ実現されていることに(私を含めた)ファンは喜ぶ。TikTokにサビ部分の切り抜き動画が投稿されるとすぐ話題になり、Twitterなど各種SNSでも拡散された。 しかしながら、深刻なケースにも目を向ける必要がある。DrakeとシンガーソングライターThe Weekendが生成AIで作ったフェイク曲「Heart On My Sleeve」が、ストリーミングサービス上で人気を博してしまったのだ。実は2人は楽曲に携わっておらず、匿名の人物が生み出したものだという。これはさすがにお遊びの範疇を超えており、レーベルが著作権侵害を訴えたため、即座に削除されている。   こうした事態を受けてDrakeなど複数のアーティストは、自らの声を使った生成AIの音源に対して「使わないでくれ」と明確に意見表明している。もっともな話である。   その一方で、アーティストGrimesのように「自分の声を使ってもいいけどロイヤリティーの半分はもらう」とポジティブに活用する立場を明らかにするアーティストもいる。Grimesのルールに縛られない個性の塊のようなキャラクターが、こうした立場と相性が良いともいえる。なお、余談ながらGrimesはイーロン・マスクとの間に子供を授かり出産したことが広く名を知られるきっかけのひとつになった。   今後もこうした対立はどんどん表面化していくだろう。そして、大前提として、元々の知名度やアーティストの姿勢などに依存するため、この問題に対して普遍的な解の方針を示すことはできない。   しかし、そのうえで、本論で述べてきたように「ファンダムでの/からの流通」こそが大切であるという立場を踏まえるならば、生成AI×切り抜き動画は新規ファンを獲得するうえで重要な役割を果たすはずだ。長期的には、「ファンダムからの流通」を肯定するオープンな立場が利するようになっていくと考えられる。それは、ウェブの世界の歴史がそのように辿られてきたからに他ならない。

Forbes JAPAN

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