AIの普及でグラビアアイドルは絶滅する? 「さつきあい」で話題、専門家は“二極化”を指摘
2022年06月07日 11:06
AIの普及でグラビアアイドルは絶滅する? 「さつきあい」で話題、専門家は“二極化”を指摘

「AIグラビアアイドル」が波紋を呼んでいる。以前からの「AIが人間の仕事を奪う」論を考えるヒントになりそうな要素もはらむ“彼女”の存在を専門家はどう見るか。グラビアアイドル評論家の徳重龍徳氏が解説してくれた。 【写真】AIからは生まれない?グラドル菊地姫奈は「データ化できない“なにか”を持つ」  *** 「さつきあい」の登場で、SNS上では賛否が分かれました。否定派の意見は大きく分けて(1)著作権の問題、(2)人間の仕事を奪ってしまうことへの懸念があります。これはAIグラビアに限らず生成AI全般でも議論になる点です。  まず著作権の問題ですが、先ほどAIグラビアを作るには、様々なデータを学習して作られた学習モデルが必要と述べました。AIがインターネットの文章や画像などを著作権者の許諾なく学習することについては日本では2019年に施行された改正著作権法により認められており、違法ではありません。このため日本は「機械学習パラダイス」とも言われます。ただし学習モデルが使用した画像の中に、たとえば会員制サイトで有料公開されたものが使われるなど権利者の利益を不当に害した場合は問題になる可能性もあります。  さらにAIグラビアのようにAIによって生成された画像についてですが、通常の著作物と同じく既存の画像との類似性、依拠性が認められれば著作権侵害となります。ただ現状は学習モデルがどの画像を使って学習したか調べるのは難しい状況で、著作権侵害かどうかわからないグレーな存在と言えます。  このためEU(欧州連合)では、学習モデルの訓練の際に著作権のある書籍や写真を使用した場合、全て開示するよう義務付けようと動いていますが、急速なAIの進化に各国の法整備が追いついていないのが現状です。  今回、週プレがAIグラビアを掲載したことや電子写真集を発売する際には当然、弁護士など専門家と相談し、違法ではないとの判断が下されたのでしょう。しかし週プレを出版する集英社は週刊少年ジャンプなどを抱える、日本最大のIP団体といえる存在です。そもそもSNSではイラストレーターへの尊敬、支持が強い反動から、彼らの仕事を奪う可能性のあるAIイラストへの嫌悪感が強くあります。その中で、集英社がグレーなAIグラビアを掲載したことで、イラストでも同様のことを起こさせないよう反発の声が大きくなった一面もあると考えます。  AIの浸透によって世界中で3億人の職が失われるとの予測もあり、アメリカではAIによって仕事を奪われかねないと映画・ドラマの脚本家1万人超によるストライキが起こり、すでに1カ月が経過しています。AIグラビアが週プレに掲載されたことで「グラドルの仕事を奪ってしまうのか」という懸念の声も上がりました。実際、グラドルたちからAIにとって代わられると心配する声を直接聞いたこともあります。  AIグラビアによってグラドルの仕事は奪われるのか。個人的には奪われるグラドルと奪われないグラドルの二極化が起こるのではと考えています。  AIグラビアには現状、技術的な面で欠陥があります。  まずAIグラビアでは全く同じ人物の顔を出せません。AIグラドル「さつきあい」もきちんと見ると、ページごとの顔のバラつきがあります。人間の顔は非常にバランスが難しく、目や鼻の位置が少しでもずれるだけで同一人物には見えません。イラストならばそこまで気にならないのですが、人間に近しい、よりリアルなものをとなるとそこが気になってきます。LoRaと呼ばれる追加学習技術を使う方法もありますが、完璧とはいえません。衣装についても全く同じものは出しにくく、同じ人物で違う構図の画像を作ることが難しいのです。  またグラビアとして考えると、大雑把なアングルなどは決められるものの細かい角度の指摘はできない点も気になります。私自身ポートレート写真を撮りますが、細かい角度のずれで写真の印象は大きく変わります。  AIグラドルなら、写真家やスタイリスト、スタジオ代などが掛からずコストカットにつながるという声もありましたが、プロのレベルで考えると、話題性以外では使えないと思います。しかし前述したようにAIグラビアの進化は凄まじく、あくまで現時点ではという注釈が入ります。  さらにグラビアという文化を考えると、AIグラビアは代用品にはなり得ないと考えています。グラビアでは被写体のバックストーリーが大事だからです。下世話な部分でいえば、女優やアナウンサーなど著名人の水着がそうでしょう。その人の経歴があるから水着姿に価値が生まれます。  またグラビアにはコンプレックスの肯定という面があります。胸が大きい人は学生時代に偏見や奇異の目で見られることが多いですが、グラビアを通しコンプレックスだった部分を褒められることで、自己肯定感を高めていく。新人グラドルを追っていくことで徐々に自信を芽生えさせていく、彼女たちの成長物語としても見ることができます。こうしたストーリー性は人格のないAIには生まれません。  演技や演奏に天才がいるように写真を撮られることで輝くグラビアの天才がいます。同じ人物なのに写真で撮られる際に、普段と違った魅力を放つタイプです。現在でいえば人気の菊地姫奈がその筆頭で、さまざまなシチュエーションごとにぞくっとするほどの違った美しい表情を見せてくれます。表情で語る、目で訴える。こうした細かい演出は人間にしかできません。役者もそうですが、優れた表現者は言語化、データ化できない“なにか”を持つものです。優れたグラビアにはこの部分を味わう楽しみがありますが、AIにはそれはもち得ません。  一方、AIグラビアに奪われる部分もあります。グラビアを単純に性的なものとして消費する人を対象としている仕事です。そうした消費者はグラドルたちに人格を必要としていませんから、AIグラドルでも代替が可能です。  AIグラビアの登場で仕事を奪われるのはグラドルだけでなく、アプリ加工した写真でフォロワーを集めているアイドルやレイヤー、インフルエンサーも同様でしょう。彼女たちは自ら加工することで、顔をAIグラドルたちにむしろ近づけています。同じ顔なら抵抗なく脱いでくれるAIグラビアでいいという人は出てくるでしょう。現在はかわいい、もしくは露出があればフォロワーをある程度増やせますが、今後はAIグラビアにシェアを奪われ、難しくなるのではないでしょうか。  そもそもこの10年、グラビアと称してSNSで水着になる人があまりに増えすぎました。そうした水着姿が氾濫することで、結果として商業グラビアの過激化も生みました。AIグラビアの登場でインスタントな加工の美しさや、ただ水着になることの価値が落ち、実際の美しさやそれを保つための日々の努力による生の美しさに光があたるのではと期待しています。実際、すでに一部の人たちがSNSで「無加工」をうたい始めています。音楽業界ではサブスクの登場でCDなどの音源の売り上げは一気に下がりましたが、その反動でライブの価値が高まりました。グラビアでも撮影会などリアルでの水着の価値が高まる可能性もあります。  逆に加工なしでは難しい人たちはAIグラビアと融合を図ることも考えられます。既にAIで顔を変え動画を撮影する技術が出てきており、中国では顔を変えた人物による詐欺も生まれています。生の顔を出さずにAIで顔だけを変化させた覆面グラドルも登場するかもしれません。そうなると、大事になるのは外見ではなく中身、性格になるのかもしれません。  ドイツ出身の写真家ボリス・エルダグセン氏は、2023年に世界的な写真コンテストである「ソニー・ワールド・フォトグラフィー・アワード」でクリエイティブ部門賞を受賞しましたが、その表彰式の壇上で作品はAIによるものだったと明かし、受賞を辞退しました。問題提起としてこのコンテストに応募したというエルダグセン氏は次のように語りました。 「AI画像と写真はこのような賞で競い合うべきものではありません。違う存在なのだから。AIは写真ではない。だから、私はこの賞を受け取らない」  AIグラビアについても同様に人間によるグラビアとは棲み分けるべきでしょう。  私はAIグラビアを有名ラーメン店監修のカップラーメンに似ていると考えています。味としては美味しいが、実際に本物を食べると明らかに違うものだとわかります。一方で店のラーメンよりもむしろカップラーメンの方がいいという人もいるでしょう。YouTubeとVTuberが違う支持層を集めるように、AIグラビアも人間のグラビアとは別ジャンルとして確立するのではないでしょうか。  今回AIグラビアの登場で「優れたものを生み出すのであれば、作り手は人でなくAIでもよいのではないか」「人格は必要ないのではないか」という議論も生まれそうです。これはグラビアだけでなく、小説、音楽、映像と文化、芸術の分野でも起こり得るものです。  コストの安いAIに人は流れるのか、はたまた人が作るものにこそ価値を見出すのか。AIグラビアは来るべきAI社会の縮図とも言えます。

デイリー新潮

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